カテゴリー「書籍・雑誌」の61件の記事

2015年9月24日 (木)

杉浦日向子「江戸へようこそ」:よっこら、すうすう、はあはあ

9月14日のブログ別冊太陽「錦絵春画」特集鈴木春信「風流艶色真似ゑもん」を紹介した時に触れた杉浦日向子さんのエッセイなのだが、先日蔵書整理中に三度の引越をかい潜ってきたダンボール山の底から「発掘」された彼女の貴重な単行本群(「百日紅」初回本等含む)に中にあった「江戸へようこそ」というエッセイ/対談集に収録されていた事がわかった。

Photo_2本を開いたら何やら印刷物が挟んである。見れば、当時の勤め先(本厚木)近くの喫茶店「アールヌーボ」が発行していたミニコミであった。日付は'86年9月1日、約29年前か・・・。当時は実家を出て一人暮らしを始めたばかりの31歳、知的刺激欲に満ち溢れていた(あと性欲もね)。その対象は勿論書籍である。なんてたってパソコンもない時代だもん、「何?」となったら直ぐ本屋(立ち読み含む)の時代なのだ。

そんな訳で、杉浦日向子作品群が収められたダンボールを含む周辺地層から発掘された他の書籍が凄い。哲学書、文藝や映画の評論集、古今東西の古典、文明論、等々、宮武外骨「滑稽新聞」復刻版全6巻なんてのもある。今は絶対読みそうもない、否、(根性無し的な意味で)読めそうもない作品群だがこの時期に貪欲に吸収しようと読み漁ったからこそ「今」の(良くも悪くも多少面倒臭い)個人的価値観に拘る「私」が有るのだと思う。

閑話休題

江戸へようこそ」であるが、対談は後発の「江戸塾」シリーズの方がずっと面白くって為になる、とだけ言っておこう。機会があれば是非読んでいただきたいのはエッセイの方である。私の江戸的なるモノへの視座は全てこの中にある。というか29年前に読んだ杉浦日向子の「言葉」で形造られたということに今更ながら気付いたのだ。

秀逸なのは、ある種の決意表明とも言える前口上である。「江戸はここにある、では江戸とは何か」について彼女なりの考えを述べているのだが、それこそが杉浦日向子女史が一生かけて取り組んできた命題なのである。でもね別に眉間に皺寄せてってわけじゃなくて、蕎麦屋で昼から「ぬき」をアテに酒呑むこともありなんだよね。

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さて、当ブログのタイトルに有る「よっこら、すうすう、はあはあ」は何でしょう?

これ、春画の書き入れなんだよね。「すうすう、はあはあ」は判るけど「よっこら」に漂うある種の滑稽味が良いよねぇ。書いた人は葛飾北斎、隠号は紫色雁高(ししきがんこう)もしくは鉄棒ぬらぬら、例の蛸の絵の書き入れの何ともくだらない面白さもそうなんだけど、北斎が心底楽しでるのが伝わってくる。日向子女史に言わせると、「よっこら、すうすう、はあはあ」と声に出しながら北斎は描いたんじゃないかと。その風景を想像すると面白楽しいですな。

そしてこの「よっこら、すうすう、はあはあ」は春画について書かれた項目のタイトルなのだが、この項目での春画に対する杉浦日向子解説は面白くて非常に為になる。全て引用したくなるほどだ。しないけどね。

ただ今開催中の春画展に行く、行った、方は是非読んで欲しいと思う。「ああなるほど」から「もっと楽しめそうだ」になると思うのだよ。

それからね、春画は笑って良いんだよ、勿論。

当時の川柳「馬鹿夫婦春画をまねて手をくじき

あと、「真似ゑもん」、あった。記憶と違ってなかった。11月3日からの春画展後期展示が楽しみだ。Photo_3

現在は文庫化もされているようだ。

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2015年9月14日 (月)

別冊太陽「錦絵春画」特集

永青文庫「春画展」に合わせて美術雑誌等で特集が組まれているが、春画といえば活字媒体におけるカラー無修正掲載の先駆けといえる別冊太陽であろう。

華やかな錦絵春画を描いた信、湖龍斎清長春潮歌麿北斎英泉豊国国貞国芳ら日本を代表する浮世絵師10人の名品撰。

今回の特集も文句なしである。

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春画についてあれやこれや思うことは「春画展」に行ってから書くつもりだが、この特集でやっとある程度まとまった形で出会えた作品があった。

それは鈴木春信「風流艶色真似ゑもん」である。

この作品は仙女の力によって豆のように小さくなった主人公真似ゑもんが秘事の場面に出没するという話なのだが、その秘事の現場がいちいち面白く(オープンすぎてぜんぜん「秘事」じゃなかったり)、現場の隅で観「戦」する真似ゑもんの(かわいい?)姿とそのコメントで思わず笑顔になってしまうのである。そうまさに「笑い絵」なのだ。

また春信独特のキュートな絵柄で描かれる「秘事」がなんかこう・・・好きなんだよね。

で、この作品を知ったのは故杉浦日向子女史のエッセイでなんだけど、そこで紹介されていた場面「観戦中の真似ゑもんの興が乗り箸で茶碗叩いてチャンチキチャンチキと応援しちゃう」(記憶曖昧)に該当するシーンは今回収められていなかった。残念。「春画展」には出品されるのだろうか?

真似ゑもん観戦コメント「デカイもん持ってるがブ男だな(大意)」Page0108top01

福岡市美術館の肉筆浮世絵の世界展では「真似ゑもん」のグッズ(マグネットとスタンプ)があったらしい。ああ、これならお土産でも安心だ。

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2015年8月27日 (木)

「残穢」小野不由美

穢れは残る、そして伝播する。

この世には決して触れてはいけない領域があるのだ。

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作者(小野不由美)を思わせる主人公が思わぬことから関わってしまった強い伝播力を持つ「穢れ」とその顛末を私小説風ドキュメント体裁で描く怪異小説である。

劇的な展開は少なく読み進めるに従って淡々と(物語上の)事件や事実が積み重なっていく。それらは関連性がありそうではあるが、そうとは言い切れないもどかしさがある。読み手は主人公と同じように虚実の間で宙ぶらりんになっていくのだ。だが「穢れ」は確実に主人公周辺をじわじわと侵食しているようにも読み取れるのである。

この辺り、それぞれの出来事の描写が実に怖い。

私は読み進めるのを躊躇するほど怖かった。

過去一度でも「不可解」な出来事に遭遇した経験がある方なら判るであろう。自分なりに「虚妄」であると合理的に判断分類して記憶の片隅に押し込めたはずの「あれ」が皮膚感覚(鳥肌等)を伴って蘇ってくるのである。時には笑い話(異化)にしてまで忘れようとした「不可解」な体験が私にもあるのだ。

今も書きながら鳥肌である。

ある意味読み手を選ぶ作品だとは思う。ただ選ばれなかった方は幸せかもしれない。

何故なら、この物語は全て「実」であるかも、と思い始めなくて済むからだ。

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「穢れ」は媒介を介しても伝播するのである。

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2015年8月 5日 (水)

コニー・ウィルス「ブラックアウト」上巻(文庫本)

タイムトラベル物、舞台は第二次世界大戦時のイギリス、続編の「オールクリア」と合わせると400字換算で訳3500枚になる長い長い大長編の導入部である。

登場人物の多さ、コニー・ウィルス独特の繰り返しの多い描写、頻繁な場面転換、最初は読み進めるのがしんどいと感じる方も多いだろう。

だがしかし、次第に「やめられないとまらない」状態に陥る方の方が増えてくるはずだ。

そして最後はロンドン大空襲や戦時下で(だからこそ)発揮されるイギリス人気質に興味を持ちもっと知りたくなって関連本に手を伸ばすことになる。

既に単行本で一気読みの至福を味わった私であるが、今回の再読は予想外に面白く新鮮なのだ。

それは、物語の主役三人(オックスフォード大学の史学生タイムトラベラー)の未来(結末)も知っているということで、読み手である私自身が過去を知るタイムトラベラーの立場になるからだ。場面場面での主役たちの判断や行動に初読時以上の意味を見出させてくれるのである。しかも主役たちにハッピーエンドばかりが訪れるわけではないし・・・

 

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2015年7月16日 (木)

「光圀伝」冲方 丁

最初は読むつもりはなかった。どこの書店でも目立つ場所に平積されていて、またぞろ角川得意のメディア戦略か(読んでたまるか)、と天邪鬼な気分になっていた。だが、私の好きな三宅乱丈がコミック化(未読ですが)していたり何故か筒井康隆が解説していたりと、何だか、私の趣味にピッタンコの予感がしてきたのである。

で、読んでみたら面白すぎた。睡眠時間を削り食事中さえも読む手が止まらず読み続け2日で読了した。

虚実の間の物語だと思った。いや、歴史的事実はその都度(物語の流れの一里塚のように)そのまま取り入れつつも、そこからの虚構としての飛翔力が素晴らしいのだ。

特に(詳しくは書かぬが)光圀を伝記的に捉える場合に避けては通れない「晩年の殺人」事件の扱いには驚いた。いきなり冒頭から登場するのである。そして・・・(ネタバレのため自重)

読み終えれば、筒井康隆の解説採用にも全く違和感がない。むしろ彼でなくてはいかんのである。何故ならこの作品は時代劇(歴史物)の皮を被っているが内容はほとんどファンタジーだからだ。私は終始「十二国記」(小野不由美)の番外編を読んでいるような気分だった。

ところで現在進行形の傑作SFファンタジー「イムリ」の作者でもある三宅乱丈の「光圀伝」なのだが、近所の書店で新刊の3、4巻は良く目にするのだけど、1巻や2巻がなかなか見つからんのだ。通販じゃなく書店で入手したいのだが・・・・・

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2015年4月17日 (金)

SF小説「死者の代弁者」オースン・スコット・カード、を読み始めた。

「エンダーのゲーム」という作品を知っていますか?

近年映画化されてそこそこ注目されたが、日本の配給会社が「少年」の成長物語(最後は大団円的な)イメージでプロモーションしたため、何となく煮え切らない想いで映画館を後にした方も多いのではないか?かく云う私もそうである。ただ結末には喉に引っ掛った小骨のような(良い意味での)異物感を感じたので、原作('85)を読んでみたのである。

寓話的な叙事詩であった、しかも圧倒的な物語性(エンターテイメント)。

のめり込んだ。

読み解くにはSF的な創造力(もしくは妄想力)が必要で一般的には「敷居」は高いかもしれないが、読み終えた充実感(もしくは虚無感)そして「物語の先」への渇望感が半端無いのだ。

しかし続編は廃刊状態だったので一年以上も待ったわけだよ。

それがやっとのことで(しかも新訳仕様で)発売になったのである(歓喜!)。

気が付くのが遅かったので一週間前に購入したのだが、読み始める前に前作「エンダーのゲーム」再読の必要性に駆られて(忘れている細部も多いのよ)読み直したり、ついでに映画版(よく出来た「ダイジェスト版だと思う)を観直してみたりと準備万端整えて読み始めたのである。

難物であった。

(続く)

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2015年4月 5日 (日)

SF小説「火星の人」アンディ・ウィアー:危機的状況だからこそジョークは必要。

作品自体は昨年夏辺りから書店で目にはしていた。が、いまいち食指は動かなかった。

Photo_2 先ず、タイトルのあまりのストレートさ、と、火星に一人残された人間のサバイバル物語、に不安を感じたのだ。

どうせ、有りがちな事件(謎の隕石とか謎の物体とか)が起きて最後は奇跡が起きて救われるみたいなB級SF映画的なものか、もしくはリアリティー重視すぎて「センス・オブ・ワンダー」が一欠片もない専門用語大集合的なもの、のどちらかと思っていたのである。

ところが、読んでみたらめちゃくちゃ面白い。

ディティールはリアルなんだけど、主人公のひょうげた性格が最高。危機的状況下で飛び出すジョークが秀逸。頭の中が「センス・オブ・ワンダー」というか、「理科系のオタク」の「我が道を行く」感が素晴らしい。う~ん、判りやす言うと、パシフィック・リムの科学者っぽい(あれほど極端ではないがかなり近い)。脇役も含めて皆、何かズレているところも読んでいて楽しい。

これから読む方もいるだろうから詳細は書かないが、絵に描いたような大団円を避けるラストの終わり方も好き。そりゃ臭いよな。

長い作品をじっくり読むことに慣れている方には特にお薦め。

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2014年10月11日 (土)

サイトアート SIGHT ART VOL.1:葛飾北斎

渋谷陽一の嗜好性はだいたい私と同じである。

黒澤明、宮﨑駿、北野武・・・そして今回は葛飾北斎。

この特集を知った時、やっぱりね、と思ったもんである。

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現在開催中のボストン美術館「北斎展」等からセレクトされた掲載作品のレイアウトや印刷の仕上がりがとても美しい。

しかも渋谷陽一の対談相手は辻惟雄・永田生慈両氏なのだ。

まさに見て良し、読んで良し、大満足の特集である。

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しかし、北斎という人物、その作品を知れば知るほど「巨人」化してくる。「掴めた」と思ってもほんの一部(足の裏辺り)に触れているだけ。まさに「群盲象を評す」、キリがない。だがそれこそが北斎の魅力、そこが良いのである。

北斎漫画から1161



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2014年7月 3日 (木)

Perfume:[MV] Perfume 「Cling Cling」(short ver.)

ティザー動画(唄無し)で今回はアジアンテイストになると予想はしていたが、その後Perfume Locksで唄入りVer.を聴いた時はいきなりのアジアン「子供唄」テイスト全開で面食らった。嫌いじゃないが、何だこれは?というもやもや感もあった。

そしてこのMVである。


冒頭、少女が怪しい街(日常的風景なのにシュールな違和感満載)に足を踏み入れる場面、ここにはこの詞そしてこのメロディーしかないというハマり方。ヤスタカには「ショッピング・モールに迷い込んだ子供」というイメージが当初からあったらしいが、それを映像に纏め上げるMV制作スタッフも流石である。

そう「千と千尋」なんだよ、これ。Perfumeも何時になく色っぽくて、客待ちの湯女に見えなくもないし・・・おっと妄想はここまでだ、あとはMV完全版を見てからのお楽しみということで。

今週出た「TV Bros.」のPerfume特集はぜひ読むべし。今回の4曲入りシングルやライブ・ツアーがより楽しみになる事は間違いない内容なのだ

結局、Perfumeの「問題曲」はMV、コレオグラフ、そしてライヴ(3人の個性)を通して「魅力曲」に変じていくのである。

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2014年2月 7日 (金)

スティーブン・キング「11/22/63」

短編/中編集の「ビッグ・ドライバー」と「1922」の2冊、続く長編「アンダー・ザ・ドーム」。そして今作「11/22/63」と、最近のキングにはハズレ無し。文庫本発売まで待ちきれなくて単行本買っちゃたけど、大満足の読後感だった。

まぁ言ってしまえば「タイムスリップ」物の典型のような設定・展開なのだが、そこはキング、最後のページまで「期待」と「不安」で捲る手が止まらない巧みなストーリーテリングで読むものを飽きさせない。

文庫本発売もまだ先のようなのでネタバレは避けるが、ちょっとだけ(読みたくない方はここまでにしておいて下さい)。

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ラスト、私にはハッピーエンドには思えなかった。主人公としては(小さな)幸福感を得られたかもしれないが、読む側からすれば、運命には抗えない「現実の苛酷さ」が辛い。タイムスリップで主人公が創りだしてしまった残酷な運命のパラレルワールドは決してリセットされずどこかに存在し影響を与え続けている気がしてならない。だからこそのラストの「彼女」の反応なのではないか。細部や方向(道)は変えられても、結末は「同じ」なのではないかという不安感・・・イエローカード・マンが次第に狂っていく(そして死に至る)様は象徴的だ。

あと、ところどころに登場する子供(もしくは少年少女)たちの描写がどこかファンタジックで素晴らしい。とても印象に残った。

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