カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の583件の記事

2016年9月 9日 (金)

ブログ再開

昨年末から引越しに伴うあれやこれやでサボり続けた当ブログ。

引越し後も、新たな職場環境に伴う自身のライフサイクル構築に手間取ったりと、とてもブログ更新の気分にはならなかった。

落ち着いてきた頃にはもうTwitterで十分じゃねぇかと思ってきていた。色々な思いを限られた文字数内に集約する作業はそれなりに知的快感を伴っていたしね。

ただ、

やっぱり「足らない」のだよ。

安易な一般論ではなく、自身の思いをもっと伝えたいのだ。

そんなわけで、ブログ再開。

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2015年12月31日 (木)

大晦日

今年一年、お世話になった方々、有難うございます。

皆様の来年が良い年でありますように、

そして

日本の平和が続きますように。

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2015年12月 5日 (土)

36万アクセス、過去ログのおかげさま。

何とか引っ越し関係の「先」が見えてきた。

我ながらよく頑張っている、と自分で褒めておく。

今月中盤が山になりますかね、

ハッピーエンドになるようにもうひと踏ん張り、

ブログ再開はそれからです。

尚、

Twitterは音楽ネタで毎日更新しています。

よろしくお願いします。

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2015年10月31日 (土)

10月終了。

ヤバい。

もう11月じゃねぇか、

直ぐに「冬」そして「年末」だよ!

今以上に本気でやらねばならぬ。

ならぬのだ。

頑張るぞ、おう、おう、おう・・・・・。

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2015年10月20日 (火)

才能

母が保管していた俺の小中学校時代の絵や作文等の創作物なのだが、今こうして「教師」的な視点で観ると、こいつ(俺)の将来性(才能)がよく判るのだ。

先ず、絵はダメだ。よくもまぁ一時期漫画家になりたいなどと思ったものである。ただ、中学時代は下手は下手なりの独自性が出て来ていて、この方向で当時の教師が認めていてくれていたら・・・とは思う(残念ながら創作に個々の個性を認めない最低の教師だった、なか◯ね、あなたのことだ)。

造形、デッサン・・・どうも立体的な認識力が、いや透視図的な発想がなかったのか、どれもある意味シュールな出来上がり。とりあえず見たいところ見せたいところから造り始める傾向があったらしく、最終的に破綻していくと言うパターンが多い(俺の生き方そのものじゃないか)。

作文は良いと思うのだ。これは自分のだからということではなく第三者的に見て「良い」と評価できるのである。小学校の卒業文集に「一羽のつばめ」という創作物を載せてもらったのだが、教師からの評価は概ね良かった。ただ一人の教師から、何か参考にしたの(パクったの)?と言われたことは一生忘れない。実は中学校の時にも似たようなことがあった。

まぁ全て第三者のせいにしてもしょうがないのだが、多感な時期に良い指導者(理解者)がいてくれたらなぁ、とは思うことはある。

そして全て捨てたのであった。

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2015年10月16日 (金)

先が見えてきたかな。

一人でこつこつ続ける引越整理作業。
4人暮らしの家族が残した膨大な「記憶」の山。
正直最初はどこから手を付けて良いか途方に暮れた。

普段のゴミ回収で(面倒なので)後回しにしてきた金属・陶器類などの燃えないゴミ、粗大ゴミ、そして書籍・・・その「附け」の量が半端ないのである。5部屋ある実家に一人暮らしだったもんで物置き場所には事欠かなかったのだ。

ただそれらは回収日や収集日の依頼等計画的に対処すれば何とかなる。

しかし実際に作業を始めてみるとそれ以上の難題にぶつかった。

「紙」である。

記憶の保存方法が「紙」しか無い時代である。一家四人50年以上も暮らせば蓄積される「紙の記憶」量は膨大なものになるのだ。

そして「紙」(書籍、写真、アルバム等も含む)は非常に重いのだ。作業がとても辛いのだ。腰にくるのだ。

特にマメな母親が残し続けた兄弟二人の「紙の記憶」、母の愛には勿論感謝していますが、ちょっとまんま残し過ぎだと思います。遠足のお知らせとかテストとか夏休み連絡帳とか・・・ついついチェックしちゃって作業に支障をきたしております。勘弁して下さい。

・・・・・最終的に全て捨てますが。

それにしても、回収用ゴミ袋に詰まった「紙」の重さたるや・・・特に二階から下ろす時など毎回「死」を覚悟するほどなのだ。

あ、たまに恩恵もある。家のあちこちから拾い集めた小銭を銀行に持って行ったら2万円以上になった。自分へのご褒美ということで旨いもん食いに行かせてもらいます。寿司だな。

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2015年10月14日 (水)

目の前に立たれると困るんです

奇っ怪な夢を見たので書き留めておく。

人妻(昔関係があった?らしい)と長野(信濃)方面へドライブ。
これは久々に「官能系」の夢か、とちょっと期待したらどうもそういう展開にはならない。
先ず会話が成り立たない。
彼女は盛んに「アキシノはイイよね~」と連発している。
アキシノって何だ?
たぶん、秋の信濃は良い、と言いたいのだろうか。
で、アキシノらしき市街に入っていく。
繁華街は夜である。
町並みは昭和初期のようだが賑わいはある。
温泉街のようにも見える。

仔馬らしき動物を数頭載せた大八車(?)が入っていく日本家屋がある。
大きな旅館の搬入口のようだ。
家の者らしき人々が馬たちを家の中へ運び入れている。
いつの間にか我々は車を降りていた。
仔馬とはいえ馬を屋内に入れるとは、一体何なんだろうか?
立ち働く者に聞けば、「馬肉」を供する料理屋らしい。

「食べたい」と人妻。

私は可愛らしい仔馬たちを目にした直後だったので一抹の罪悪感はあったが、
馬肉は嫌いじゃない、むしろ好き、大好物、若い個体は刺し身が旨そう、と
反対する理由も無く家の者に案内を乞う。

どうやらその日本家屋は屠場兼精肉所だったようで、本体(料理店)は家の裏側の小高い崖の上にあった。

日本家屋ではなく近代的なレストランであった。盛況である。店内には桜鍋の匂いが充満し、食欲を大いに唆る。外国の方も大変多い。海外のガイド本で紹介でもされているのだろうか。

席に案内され、さぁ注文というところで、

猛烈な便意が襲った。激痛を伴う強烈なやつだ(夢でも痛みは感じるんだな、今回初めて認識した)。

注文はいったん保留にしてもらい、冷や汗を垂らしながら「波」が通りすぎるのを待つ。

(ここから暫く夢の記憶がちと曖昧)

場面が変わると、既に便器に腰掛け奮(糞)闘中。

ふと顔を上げると、目の前に外人さんがいる。

っ?????

気が付けばトイレの部屋が異常に広い、いや、じゃなくて便器が個室として仕切られていないのだ。剥き出し便器のみ設置状態。しかも一器だけ。必然的に順番を待つ人は目の前に並ぶことになる。既に5人以上並んでいる、しかも全員外国人、どんどん増えていく。中東系の方が多い。何やら盛んにおしゃべり中、皆声がデカイ。ただ目の前の方だけはじっと押し黙って私を見下ろしている。「早くしろ」という無言の圧力、怖い、そして恥ずかしい。トイレはウォシュレットではなく「紙」式である。衆人環視の中、紙の拭き具合をその都度チェックしながらケツを拭くのは極北の羞恥プレイと言っていいだろう。

皆が騒ぎ始めた。ヤバい。何言ってるか判らんが「怒り」始めたことは間違いない。目の前の方まで何やら捲し立て始めた。このまま下半身丸出しのままレストランまで担ぎ出されたら、恥ずかしいどころの騒ぎではない。人間としての尊厳が崩壊してしまう。

「ええいままよ」と勘で数回「紙」で拭き取り水を流し席(?)を外した。

絶対拭き切れていない

長年の経験と感触で判るのである。

事後処理(安心して拭ける場所を探す)を何とかしようと彷徨っている内に目が覚めた。

・・・・・

脈絡なくイメージが現れる夢では明確なストーリーが展開することはあまりない。ただ今回はトイレで目の前に並ぶ中東系の方々のイメージが強烈に記憶に残りその他の夢の断片(人妻、信濃、屠殺される仔馬等)を覚醒直前に惹きつけてしまったようだ。

実は「中東系」には根拠があって、隣の家族の奥さん(美人)が中東系で、普段は静かに暮らしているのだが、年に数回奥さん絡みの祝い事がある時彼女の親戚一同が集まって宴会を開くのだ(勿論お国の言葉がメインで)。これが強烈。元が砂漠の民であるからか、声がデカイ。そして楽しむときは徹底的に騒ぐ。

この夢の数日前にも「誕生日会」(ハッピーバースデーの唄で判った)が盛大に催され大変賑やかだった。でも楽しそうなんだよね。「言葉」が判ればなぁ、差し入れ持って訪ねて参加したいぐらいだ。やっぱり「言葉」は大事だよ、余計な不安や誤解を招くのも「言葉」が判らないかだよね。

だから夢のなかの彼らも・・・いやいや夢は夢だから、意味は無いな、見たまんま。

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2015年10月 9日 (金)

案ずるより産むが易し

そんな言葉を実感したり、期待したりする毎日なのである。

良くも悪くも「行動」しなくちゃ結果は生まれないからな。

そして「結果」が出なきゃその先に進めないしね。

前向き前進、と。

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2015年10月 6日 (火)

古い写真

大量に捨てた。

思い切って捨てた。

自分の写真も、両親の写真も。

ただ、

記念写真的なものではない、

確かに「生きていた」んだと実感できる写真は残した。

必然的に「笑顔」が残るのだ。

叔父を抱く母              Photo_2

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2015年9月26日 (土)

動画「日本のメジャー音楽シーンは2010年に破綻している」

7年前に当ブログ(http://bit.ly/1iTpM78)で紹介した動画「JPOPサウンドの核心部分が、実は1つのコード進行で出来ていた 」の作者音極道氏の新作です。

まぁご覧ください。色々と考えさせられる内容です。あ、最初はコメント非表示の方が良いかと思います。

業界の片隅で仕事してきた私の実感としては'90年代の終わり頃から既存メーカーがヒット物至上主義になってしまいカタログ物をお座なりに扱ってきた辺りが歪な「日本型音楽業界」の始まりだと思います。カタログ物でベーシックな売上を作りヒット物で上乗せするという小売店の基本スタイルが破綻してきたのもこの頃です。昔のレコード(CD)屋はカタログ物の知識がなければ務まりませんでした。現在それらを補填するのがネットであり配信のはずなのですが・・・・・

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