カテゴリー「国芳」の29件の記事

2014年9月 4日 (木)

江戸妖怪大図鑑 第3部「妖術使い」:捻ってくる@原宿太田記念美術館

先週末に行ってきた。今回は「妖術使い」、今風に言えば召喚士、もしくはスタンド使い。

とは言え召喚されるのは蛇、ナメクジ、蝦蟇、ネズミ、等々の身近な生きものばかりなのではあるが。

しかし、ほとんどが読み物・舞台化された有名なテーマであるので、かなり歌舞伎的なケレン味の強い、当時の江戸庶民の嗜好性を反映した(版元の)注文通りの作品が多い。その為、お約束の表現が多く、絵師の個性はあまり表出してこない・・・

のはずなのだが、さすが国芳とその一門、大衆のニーズに十分応えつつも色々と楽しませてくれている。必要以上に動物(妖怪)を沢山書き込んじゃったり、大きくしちゃったり、絵師の趣味性があちこちに散見されるのである。真っ直ぐではなく捻ってくるんだよね

国芳:相馬の古内裏。本来は骸骨の武者がわらわらと登場する場面なのだが、思いっきり大きな一体で済ますという斬新さ。Mitsukuni_defying_the_skeleton_spec

芳年:和漢百物語 仁木弾正直則。舞台では大きなネズミに仁木弾正が化けるのだが、この絵では(仁木の)ドッペルゲンガーとしての小ネズミと対峙しているという不思議な場面になっている。187811athumb500x7201069

国芳:坂東しうかの唐土姫・三代目尾上菊五郎の天竺冠者・五代目沢村宗十郎の斯波右衛門天竺冠者。蝦蟇だらけ。2011052320kuniyoshi2_2

おなじ天竺冠者もので「ネズミだらけ」というのもある(会場で観てね)。

それにしても「蝦蟇」の絵が多いのである。

次回、その「蝦蟇」を語る。

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2014年7月13日 (日)

江戸妖怪大図鑑 第1部「化け物」:なぜ「土蜘蛛」なのか? 国芳、芳年、ジブリ(?)

http://bit.ly/U4S5m4の続きです。

土蜘蛛といえば、最近では国芳の『源頼光公館土蜘蛛妖怪図』が一番有名である。Img_0

個性豊かに描かれた妖怪軍団をじっくり眺めるだけでも楽しい国芳の代表作の一つであるが、この作品に対する解説で必ず触れられるのは、老中水野忠邦による天保の改革への風刺的側面である。

代表的な解説としてWikiからこの作品部分に関する部分を引用しておく。

『源頼光公館土蜘作妖怪図』(1843年(天保14年))は、表向きは平安時代の武将源頼光による土蜘蛛退治を描いたものだが、本当は土蜘蛛を退治するどころか妖術に苦しめられているのは頼光と見せかけて実は、将軍徳川家慶であり、国家危急の時に惰眠をむさぼっているとの批判が込められている。主君が危機だと言うのにソッポ向く卜部季武と見せかけ、天保の改革の中心人物、老中水野忠邦である。また、着衣の家紋や模様から、他の頼光四天王で碁を打っている渡辺綱は真田幸貫、坂田金時は堀田正睦、湯飲みを持っている碓井貞光は土井利位、土蜘蛛は筒井政憲、矢部定謙、美濃部茂育を指すとされ、他の小物類も当時の人物たちとされる。そして奥にはユーモラスな妖怪たちがいるが、実は天保の改革の被害者たちである。富くじが禁止された富くじ妖怪、歯のないろくろ首には歯なし→噺など寄席の禁止を恨んだものなど、絵のいたるところに隠されている悪政に対する風刺が込められている。江戸の人々は謎を解いては溜飲を下げて大喜びした。

ふむふむなるほどと納得してしまいがちだが、以前から疑問に思っていたことがある。そもそも何故「土蜘蛛」なのかということである。

弾圧を受け被害にあった人々を妖怪に擬えるのなら「百鬼夜行」的なものでも良かったと思うし、体制側の暗示としての四天王や頼光の姿が必要ならば「大江山」の鬼に擬えても良かったのではないか。あえて「土蜘蛛」の設定にしたことに理由はあるのか。

で、これも調べてみた(こういう時ネットは有難い)。

そして「まつろわぬ民」という言葉に辿り着いたもである。まつろわぬ、つまり時の権力(この物語の中では朝廷)に従わぬ勢力を総称して「土蜘蛛」と呼んでいたということなのだ。そして史実でも明らかなように「まつろわぬ民」は尽く殲滅(一部は吸收)させられたのである。この物語の土蜘蛛も同じ運命を辿ったのだが、その怨念消し難く、時を経て妖怪として復活し朝廷に復讐を企てるのである。そのターゲットはもちろん朝廷の軍事的象徴である源頼光だったのである。

そうもうお分かりのように、土蜘蛛やその眷属である妖怪たちに庶民が強い興味を持ちあれこれ詮索し始めた理由は土蜘蛛側の「反体制」という立ち位置にあったのだ。思い入れするべきは頼光御一行様ではなく妖怪たちなのだ。

とはいえ一般に人気のある物語だったとはいえ、元々は能の演目であり(歌舞伎の演目化は明治に入ってから)物語の裏事情(能では謡いで説明されるが)を知るものは少なかったはずだ。国芳側はもちろん理解していたはずだが「分かる人だけ分かってくれればしめたもの」程度の期待だったかもしれない。だが、ものがものだけに、「分かった人」は猛烈に他人に語りたかったであろうことは想像に難くない。

そして出版歴史に残る一大ブームを引き起こすのである。

幕府側は検閲の段階でその意図に気がつていたとは思うが、水野体制に対する恨みは庶民と同じ担当者が見て見ぬふりをしたか、どうせ庶民には分かるまいとたかをくくったか、いずれにしろあとで取り締まる頃には版木は分散し贋作が巷に溢れる「後の祭り」状態だったわけだが。

ところで頼光と土蜘蛛の関係なのだが、物語によれば、土蜘蛛は人間の姿で病に罹った頼光に近づくのであるが、その姿は「女性」だったのでは(だったらよいなぁ)という説もある。殺すチャンスは幾らでもあっただろうに何故襲わなかったのか?最後の最後に(たぶん躊躇して)逆に手傷を負ってしまうのは何故か?等々、なんか色々とドラマを想像しちゃうのである。

芳年にも女性の姿で描いた作品がある(今回の展覧会では展示していない)。

芳年「天延四年秋妖怪土蜘蛛」Warriors89_2

その辺り、この方の考察が面白い。http://bit.ly/1oxigtB

・・・・・

芳年といえば、こんな土蜘蛛も描いている。

芳年「新形三十六怪撰 源頼光土蜘蛛ヲ切ル図」Interview12

この土蜘蛛ね、初めて見た時から「知ってる!」という気がしてならなかった。どこかで出会ったことがあるのだよ。

しばらくして思い出した。

ジブリだ。

Images

『千と千尋の神隠し』の「釜爺」だ。そういや、あれも蜘蛛だったな。

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2014年7月 7日 (月)

江戸妖怪大図鑑 第1部「化け物」@原宿太田記念美術館

この日曜日に行ってきた。ちょうど昼飯時だったせいか思ったほど混雑はしていなかった。もっとも小さな会場に小さな展示物ということで、しっかり鑑賞するためには列に並び順番を待つという些かの根気は必要だが。

今回の展示では、酒天童子や土蜘蛛等の物語(伝説)世界に登場する化け物や想像(伝承)上の化け物(河童、天狗等)で題材ごとに作品がセレクトされていて、絵師もしくは時系列ごとに比較することができ、見慣れた作品がほとんどではあったが新鮮な気分で楽しむことが出来た。

個人的に興味深かったのは「酒呑童子」である。源頼光率いる豪傑たちが大江山に住む鬼の大ボス酒呑童子を退治するという今でも知られる有名なお話を題材にしたものなのだが、どの絵師も一番力を入れて描くのは敵役酒呑童子なのである。その姿が異形であればあるほど「絵」としてのインパクトが増すからである。逆に四天王等は個性の違いが判るほどの描き分けはされておらず、どちらかと言えばその他大勢の引き立て役なのだ。しかもこの酒呑童子は首を刎ねられた後もその首だけで源頼光に襲いかかるというまさに化け物的生命力に満ちた超・化け物なのである。こりゃ絵師の想像力も刺激されというものだ。

ここで面白いのは、ある絵師が画期的な表現で見せ場を描くと後続の絵師が継承(もしくはパクリ、オマージュ、リスペクト等)し、新たな表現の上書きを施していくということだ。そしてそれはいつしかお約束のパターンになっていくのである。

だから凡庸な絵師の場合は「お約束」止まり、なんとも中途半端な作品になってしまうのだ。だが国芳と彼の一門は違うのである。どこが今の江戸っ子に受けるかという「魅せどころ」を心得ているのだ。

↓小さな図しか無かった。実物や他の絵師との比較は会場で楽しんでください。

国芳「大江山酒呑童子」:酒で酔わせて就寝中を襲うが、それに気が付きメタモルフォーゼ(人間→異形)中の酒呑童子。完全変態したら手に負えなくなるという緊迫感がある。4

芳幾「大江山酒呑退治」:首が異形化し怪獣のようにデカイ。子分の鬼たちまでもが逃げ出す禍々しさ。Yoshitsuya_the_evil_spirit

今回は以上。

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2014年6月30日 (月)

江戸妖怪大図鑑、原宿太田記念美術館で開催中

第1部 化け物(7/1-7/27)、 第2部 幽霊(8/1-8/26)、 第3部 妖術使い(8/30-9/25)でそのつど全点展示入れ替えの三部構成。

見ているだけで、もう楽しいチラシ↓クリックで大きくなります。Imgyokaidaizukan

展覧会詳細http://bit.ly/1iOlRqQ

国芳、北斎等の有名作品がまとめて鑑賞できるのは嬉しい。また、絵師の「絵心(想像力)」を刺激する妖怪画や幽霊画には傑作・名作が多いのである。

しかし結構混雑しそうだなぁ。


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2014年6月 1日 (日)

国芳:正札附現金男 野晒悟助 & BABYMETAL壁紙(スマホ用)

国芳に好きな作品数あれど、男伊達と猫(髑髏)が見事に合体したこの「野晒悟助」はベスト3に入るほど好き。

Photo

野晒悟助は山東京伝が読本で創りだした虚構の人物なのだが、強気を挫き弱きを助けるヒーローとしてとても人気があったらしい。で、普通に「イイ男」シリーズとして売りだしてもそれなりの成功は見込めただろうけど、国芳が他と違うのは、彼なりの美意識というか洒落心というか「遊び」を全面に出してきたことである。

つまり、「猫(髑髏)」である。

しかも、「寄せ絵」である。

こりゃたまらんのである。

・・・・・

勢いでベスト3とか書いたけど、今度「俺の国芳ベスト10」とか真剣に考えてみよう。

実はスマホの待ち受け画像としてこの「正札附現金男 野晒悟助」を長く使っていたのだ。が、最近BABYMETALに替えてしまった。すまん(誰に向けて謝っているのか)。

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でも何か、BABYMETALて、国芳的な何かに通ずるような気がしません?

あ、気がするだけです、すみません(だから誰に向けて謝っているのか)。

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2013年11月28日 (木)

「笑う浮世絵-戯画と国芳一門」追記:国芳 醉見八盃 きげん上戸

そうこれも紹介したかったのだ。

歌川国芳「醉見八盃 きげん上戸Sc139245fpxobjiip10wid1000cell100_2

今回初めて観た作品なのだが、これは良いねぇ。

程よく酔って楽しそうな女性の可愛さ。浮世絵のお約束表現に囚われない極めて自然な表情と身体の動き、それらが彼女の「御機嫌ぶり」を見事に伝えてくる。ちらっと覗く襦袢の赤と白い足に漂う大人の色気も良い。

書き込みの文章は、酔っぱらい特有のグダグダ内容なんだけど、最後の「私のかんざし、どこ?」と言いつつ「おや、頭に刺さっていたよ、アハハハ」と自分でオトすところが面白い。いつの時代も酔っぱらいは酔っぱらいである。

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2013年10月16日 (水)

「笑う浮世絵-戯画と国芳一門」太田記念美術館 国芳のこととか

原宿太田記念美術館で開催中の「笑う浮世絵-戯画と国芳一門」展に行ってきた。

Chirashiwarau 女性客(年齢層も幅広い)が多かった。男といえば夫婦やアベックで来ている相方か、浮世絵好きらしい中年男(私のことだ)ぐらい。国芳人気ってのは圧倒的に女性層から支えられているんだな、と実感した。理由としては、「猫、金魚」(可愛い)、国芳本人の持つ江戸っ子的な「粋」(カッコ良さ)、一門それぞれの個性や生き様の面白さ(物語性)、それらが現代の彼女達から見ても十分魅力的に感じるからだと思う。彼女達たちは自分の感性(好き嫌い)にとても素直なのだ。男性はどうしても専門家の評価とか歴史的価値とか作品自体よりもそちらが優先してしまう傾向があると思う(展覧会でよくいる受売りの薀蓄話が止まらんのも大抵男性だ)。

私の場合はどうだろう?浮世絵の魅力に目覚めたのは女性(故杉浦日向子女史)の視点を通してなのだけど、そのせいもあってか、いわゆる昔ながらの浮世絵愛好家とは見方が違っているとは思うのだ。

いや、私のことはどうでもいいや、ブログを進めよう。

国芳っていやぁ、先ず猫だな。

歌川国芳「流行猫の曲鞠」Photo

国芳一門の絵師たちの戯画における発想の根源は国芳オリジナルにあるわけで、やはり師匠の作品は頭抜けている。何というか、仕事として人を「楽しませる」よりも自分が「楽しむ」ことが優先しているところが普遍的な「可愛い」を呼び込んでいるのだと思う。浮世絵で自分が描きたい物を描く(歌麿の絶頂期とか北斎の晩年とか)という願望は一般絵師にとっては夢物語に近いのだが、国芳はわりとすんなり実現してしまった気がする。どうしても「お仕事感」の強い役者絵だって(幕府からの規制があったとはいえ)猫や亀等で擬人化しちゃうし、果てはこれだもの。

歌川国芳「荷宝蔵壁のむだ書」_new

国芳は人の顔にも興味津々、浮世絵お約束の美男美女ではなく普通の人々の「顔」を描いて商売にしちゃうんだから畏れ入る。

歌川国芳「妙名異相胸中五十三面」2509

この展覧会は前期後期の二分構成で、前期は今月27日まで後期は11月1日から26日までとなっている。展示内容は入れ替わるので注意。

出品リスト一覧(PDF)http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/caricatures.pdf

後期鑑賞後に続き書きます。

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2013年6月13日 (木)

子犬図(円山応挙筆)と、国芳

犬はどちらかと言うと「苦手」なのだが、応挙の「子犬」は許す。可愛いは正義。

円山応挙「子犬図」 00006214_3

江戸でも人気になったということだが、応挙の拠点は京都で、しかも肉筆、でたぶん個人所有、そんな作品にどうやって一般庶民が触れることが出来たのだろうか。

誰かが模写したもの更に模写した摺物が出回っていたのかな。

そういや国芳も応挙子犬を引用しているのだよね。

以前ブログhttp://bit.ly/151zZj7で紹介した「道外化けもの夕涼み」に描かれた化け物の子犬なのだが・・・(しかし傑作だなこの絵は)

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の中のここ↓

Img_newinu

これに似ているよね↓

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・・・・・

しかし江戸の人たちは応挙の子犬を見てどんな形容詞を口にしたのだろう。「可愛い」じゃないよね、きっと。「愛らしい」かな?

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2013年5月11日 (土)

国芳「猫のすずみ」

先日まで開催されていた府中美術館「かわいい江戸絵画」前期分でも展示されていた団扇絵の傑作「猫」絵である。

人間の誰かに似せるとか簡略化して親しみやすく(可愛く)描くとかでは無く、「猫」がリアルに「猫」のまんまなのである。

展覧会で御一緒して戴いたご婦人は「怖い」と仰っていたが、さもあらん。

人によっては立派なジョウルを持つ左の船頭(雄)猫に剥き出しの獣臭を感じてしまうかもしれない。

歌川国芳「猫のすずみ」(部分)_new

でも私にとってはとっても「かわいい」ものなのだよ。

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2012年11月 2日 (金)

国芳の春画 (別冊太陽)

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実は刊行は10月13日だったそうだが、目黒の書店で目立つ場所に「積んで」あったのでやっと気がつくことができた。嬉しい判断じゃないか、有隣堂さん。近所の書店じゃ(内容的に)無理な話だし。

さっそくパラパラと目を通す。

やったー!無修正ドンと来いである

ちゃんと「猫」のページもあるのだよ(帯にもいるし)。

じっくりと鑑賞(吟味)した上、感想を上げる所存でござる。

しかし、江戸の「性」は大らかだなぁ。

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