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2014年12月 8日 (月)

New York、Part.11 バレエ「ジゼル」、ナタリア・オシポワ

New York」tag http://bit.ly/1x3AVqt

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ジゼル」を上演するデヴィッドH・コウク・シアターはコロンバスサークルから北へ500メートルほど離れたリンカーン・センターという総合芸術施設内にある。

このセンターにはニュー・ヨーク・フィルのホームとして有名なエイヴリー・フィッシャー・ホールやメトロポリタン歌劇場など、クラシックやジャズ等の各種劇場が隣接していて(ジュリアード音楽院もここにある)、毎日良質の「LIVE」を提供しているという、真に羨ましい場所なのである。

これがデヴィッドH・コウク・シアター、ウェブから拝借。Ae3539867aaeec609a4260c6feb725f4

ジゼル」チケット。Giselle

最初にお断りしておくが、私はバレエについては全くの門外漢である。申し訳程度の知識も漫画「昴」や映画「リトルダンサー」等から得た中途半端なもので、何とも心もとない始末なのだ。だからこれから書く感想は素人なりに感じたことを素直に記したもの(調べるべきところは調べましたが)で、その辺り了解の上読んでいただければ幸いである。

「ジゼル」については漫画「昴」のおかげで、感情表現が重要な演目、という印象だけが残っていた。10年以上前に読んだきりで、漫画の中で「ジゼル」のストーリーも語られていたはずだが全く記憶に無いのである。何しろこの漫画は主人公昴の生き様が強烈で、バレエは「優れた才能だらけの中でをさらなる「上」を目指さなければならない過酷な世界」という彼女が生きていかなければならない場としての設定以上の意味はなかったような気がする。単に私が読みきれていなかっただけかもしれないが。

そんな訳で、開演前に準備出来ていたのは「感情表現」という言葉のみ。

さてどうなることか。

・・・・・

第一幕

開始早々、二人の男(村の男と訳ありナンパ野郎)が一人の村娘ジゼルを巡ってさや当てを繰り広げる。え、そんな話?どこに感情表現が?と困惑。だがその村娘役の女性がとてもキュートで魅力的、ヘンな男(花占いの野郎)なんかに騙されるな、とあっさり父性的感情移入状態に。

次第に登場人物が増えてきて、バレエシーンも群舞からペア、ソロと多彩になってくる。バレエ素人にも楽しめる場面が続き飽きる(眠たくなる)ことがない。だがどんな場面でも突出して輝くオーラを放つのは主人公ジゼルのパフォーマンスだ。

そして彼女のパフォーマンスに注目するうちに、バレエの楽しみ方がだんだん分かって来た。バレエには台詞がない。だから多くの場合、「ダンス」(身体表現)によって喜怒哀楽を現すのだ。それをサポートするのが「音楽」であり(パントマイム的な)「演技」なのである。そして、その「ダンス」「音楽」「演技」の関係性が分かってくると俄然興味深く舞台を楽しめるようになってくる。

「演技」で下地を作り、「音楽」が彩りを加え、「ダンス」が命を与える。

特に第一幕に於いては「生命力」(祝祭性、恋することの喜び、エネルギー)がメインとなりまさにダンスが「命」を輝かせている場面が続くのだ。楽しいのである。

そしてやっぱり主人公の村娘ジゼル。ソロパート、花占いナンパ男とのデュオ、全てにおいて尋常ではない輝きぶり。

誰なんだ?この方は。せめて名前を知りたい、いや詳しく知りたい。しかし頼みのKさんは(チケット購入時の違いで)離れた席で鑑賞していて尋ねることが出来ない(もっとも隣席であっても開演中に会話するのは憚れるが)。

そんなもどかしい気持を持ちながも舞台に注目していると、物語が急展開を迎えたのである。

ジゼルと良い感じであった花占いナンパ男は実は二股貴族ナンパ野郎だったのだ。要するに分相応の許嫁(貴族)が既にいたにもかかわらず、身分を隠し、わざわざ変装までして、ジゼルに近づいていたのだよ。しかもジゼルと許嫁に挟まれて切羽詰まった挙句、ジゼルの目の前で許嫁の手にキスをするという優柔不断ぶり。何ですかこの男は(怒)。私は本気では有りませんでした、とジゼルに告白したも同然はないか。

さて、ここからが「感情表現」の極み、「ジゼルの憤死」シーンである。それは単純に喜怒哀楽(この場面では「怒」と「哀」)の強調表現では追いつかない複雑な感情の爆発、「絶望」なのだ。元から身体の弱い設定(心臓関係?)だったとしても、あまりに唐突な「死」ではある、がそこに説得力を持たすのがジゼル役の真骨頂発揮となるのだ。

極度の混乱→絶望→死、という流れを表現し切る「演技」「音楽」そして「ダンス」の高度な次元での融合、演ってのけていました、このジゼル役の方、凄すぎる。

舞台に本当の「死」と「絶望」の余韻が残った中で第一幕が終了した。

幕間休憩

早速Kさんにジゼル役について尋ねてみた。

名前はナタリア・オシポワ

と、名前が分かったところで、(続く)です。

・・・・・

おまけ)詳細は分かりませが、今回の舞台に負けず劣らず素晴らしいことは分かります。

ニコニコ動画から「カプツォーワとマトヴィエンコのジゼル

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