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2014年7月11日 (金)

BABYMETAL:歴史的とはこういうこと

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ロック的なるものに長く親しんできた者にとってこの写真の意味するところは大きい。

英国で、しかも多種多様な人々(メタル寄りではあるが)が集まるフェスでの成功、もうオヤジは感無量である。確信はしていたがここまでオーディエンスの心を掴むとは思はなかった。

数カ月前には想像すらできなかった光景だ。

最初は様子見していた観客が次第に惹き込まれ最後は喝采を送るという反応が捉えられたこの動画は永久保存するしか無いのである↓


・・・・・で、ちょっと話がそれるが、

ロックってのは常に未知なるもの(新しいものだけという意味ではない)だからこそ刺激的で魅力的なのだ。自分にとって既存のものになった瞬間からその魅力は半減するのである。もちろん「既存のもの」にこだわり続ける方々(私もその一人である)を否定はしないが、まぁ、古い記念写真を眺めているようなもんだな、あれは。最新技術でシャープさやカラーバランスが良好に為るたびに喜ぶというか。

あとあれだ、自分の知っているもの親しんでいるものが全ての価値観の根源で、その貧しい知識経験でアナライズすることでしか評価できない人々、その挙句がやれパクリだ、口パクだ(最近はリップシンクと言っているな)、打ち込みだ(生演奏が上等らしい)、更には、曲を作っていない、演奏してない、とおよそ音楽の本質から外れた無意味な批判が多すぎる。

そりゃ私だって若い頃はその種の感想を持ったこともある。ただ、昔は他の価値観と対峙する機会が多かった。しかもネットなんて無かったから直接人対人である。親しい友人でさえ物事の捉えかは違うのだという体験をすることが出来たのだ。つまり物事(価値観)は多面的相対的なものなのだと学習したのである。絶体など無いのだ。あるのは個人的な拘りだけなのである。

要はその「拘り」の質なのだ。

「開いている」(寛容)か、「閉じている」(拒絶)か、

これはね、開いていた方が、圧倒的に楽しめると思うよ、特に音楽(ロック)は。

昨年、サマソニでBABYMETALに開眼できたのは開いていたからこそだったし。

ただ開きっぱなしは単なる優柔不断、付和雷同と思われる恐れもありますが。

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