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2013年12月19日 (木)

「ゼロ・グラビティ」アルフォンソ・キュアロン、エンタメと割りきって観よう

アルフォンソ・キュアロン監督による前作「トゥモロー・ワールド」は重いテーマもさることながら「映画的興奮」(観客に想像の余地を残す演出、展開、そして重要なシーンでの大胆な長回しシーン!)にあふれた素晴らしい作品であった(勿論DVDも購入している)。

だから今作、期待したのである。

事前情報はYouTubeの公式予告編だけ、他は全てシャットアウト。予告を見る限り、舞台は地球周回軌道上、出演者は二人、映画的目玉は「無重力」、といったポイントが分かる。後はこちらの勝手な想像で補完していくのだが、どうしても「2001」的な哲学(もしくは投げっぱなし、虚構優先)的方向へ妄想してしまうのだよね。だって、どう見ても楽しい宇宙遊泳じゃなさそうだし、無慈悲な物理的現実の前では人間はとても非力だし、辿り着く先は「絶望」しか無さそうだし・・・・・だから興味の焦点はこの「絶望」の先にどう落とし前をつけるのかに絞られたわけだよ、私的には。

繰り返すが、だからとても期待していた。

・・・・・が、

単に上質のエンターテイメント映画だった。期待(妄想)は見事に空かされてしまった。

考えてみれば、主演二人が大物(ハリウッド的に)俳優、メジャー巨大資本(回収絶対義務)、そして目出度くアメリカ大成功、な作品が「哲学」的であるはずがない。

後日、読んだ監督へのインタビュー記事で、

「2001年」と比べられるのは光栄だが実のところ目指す方向は全く違う。今作で私が目指したのは撮影技術の更なる革新と娯楽作(との共存?)なのだ。だから「2001年」と比べられるのはお門違い(あちらに悪い)。

みたいな事(うろ覚えなのでかなり大意、ご容赦)を言っていたが、まさにその通り。

うん、そうか、分かった。この技術は朋友デル・トロが「パシフィック・リム2」(乞う、舞台は宇宙空間!)で使ってくれることを祈って今回は許そう(何様?)。

・・・・・

あ、そうそう、基本的には(人物の呼吸音、声、以外は)無音で描くと思っていたのでやたら押し付けがましい「音楽」にも閉口した。音もでかいし、う~ん、ハリウッドだなぁ、と。

映画的に面白かったシーンも有った。「絶望」の回収はどうするのかと思っていたら、物理原則に勝る「ある人物」がものの見事に「楽観」に変じてしまった。

この場面は好きです、はい。

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