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2012年3月 3日 (土)

不定期・カジート(猫族)でゆく「スカイリム」:首チョンパ

スカイリム名物「首チョンパ」である。

ゲームを開始してすぐにこの歓待を受ける(この「歓待」にこちらの好き嫌いは通用しない)。

スカイリム新参の誰もが「深い感銘」を受ける持てなしであり、このゲームに取り組む気持ちに喝を入れられるのである。これはこの先、さぞやチョンパチョンパしたりゴロゴロさせたりしたりするのだろう、と覚悟を決めるのである。

が、せっかく覚悟して旅立ったのに、序盤は(某所イベントを除いて)この歓待を再び受けることがほとんどないのだ。

こりゃ単なるデモだったのかと思い始めた矢先のことであった。

先ず、自キャラの首が翔んだ

油断していた、あっという間の出来事だった。

このゲームでは自キャラが死ぬと暫く幽体離脱状態になるのだが、己の死体に首がないことを発見した時はなんとも言いようのない絶望的な気持ちになった。

・・・お、俺の首は何処だあ~!ひ、ひょっとしてここに転がっているのが・・・(ここで暗転)

同じ殺られるのでも首チョンパは悲しく寂しく、そしてとても屈辱的なのである(リロード後の報復ではその屈辱に対する怒りのため本気で熱くなってしまった)。まさに、ロールプレイング、この疑似体験には実体験では決して味わうことのない心の底(闇)に直接届くような衝撃があった。

これは18禁で正解である。

そしてこの体験の後暫くして自らもスキルアップによって相手の首をチョンパ出来るようになったのだ(ある程度のコツは必要)。

が、

これがこのゲームのよく出来ていると思うところなのだが、どんなに憎々しげで手強い相手の時でも、首チョンパでは一撃で決まったという爽快感が薄いのだ。

それは、首が飛ぶその瞬間、相手の目と目線が合うような演出が入るからなのである。相手の目に浮かぶ「絶望」が伝わってきちゃうのだ。心の闇の部分では「この糞虫、ざまぁ」的な快哉を挙げるのだが、理性の部分で「哀れ」を感じてしまうのである。

そう人の心は複雑なのだ。ひょとしたら、そう感じるのも自らが一度その絶望(首チョンパ)を味わっているからなのかもしれない。

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