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2011年10月13日 (木)

柳ジョージ氏 死去

享年63。

http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20111014-OHT1T00044.htm?from=yol

日本では数少ない「本物」のミュージシャンだった。

ベーシストとしてカップス在籍時に「ミュージック・ライフ」誌の小さな記事に登場したことがあった。その時、自分のことよりもジャック・ブルースの素晴らしさを熱く語っていたことが印象に残っている。自分も当時ジャックに惚れ込んでいたので、何か同志的なモノを勝手に感じたのだ。

ということで、実はベースを弾いてもかなり凄い柳氏のカップス時代の曲を転載。ヴォーカルも彼が担当。

どうですか?今聴いてもなかなかのもんです。

フライドエッグ結成前の成毛滋が彼のベースの力量を高く評価していて、ぜひバンドに迎えたかったのに、カップスに取られて大変悔しかったという話が残っている。もしもこの二人と角田ヒロのバンドだったら十分世界進出を狙えただろう。お互いにもっと違う人生を歩んでいたかもしれないな(高中正義も違う人生になったということだけどね)。

最近、某ギタリストが「大人のロック」の代表のような顔して媒体に露出(代理店の仕込みなんだろうな)しまくっているが、あえて、(嫌いな括りではあるが)「大人のロック」という言葉を使えば、柳ジョージこそそれにふさわしい人物だったと思う。

ご冥府を祈ります。

合掌。

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コメント

哀しいですね、初めて柳ジョージさん見たのは、1970年9月の銀座ACBの、第5期ゴールデンカップスです(デイヴ平尾、ボーカル、エディー藩、ギター、ミッキー吉野、キーボード、アイ高野、ドラム、そしてベースに柳ジョージ)。今思えば、偶然にも柳さん加入初日のステージを見られたわけです。”ジョーちゃんは歌もいけるんで、1曲歌ってもらいましょう”とのデイヴの紹介の後にクリームのスプーンフル歌いました。当然ジャック・ブルースばりで、ベースも重かったですね。71年には、デイヴ・メイスンの曲も歌ってましたね。クッシーさん、柳さんボーカルのウーマンズ・ゴーンを選んでいただいてうれしいです(ミッキー作曲のこの作品はまさに横浜サウンドここにありです)。当時このザ・フィフスジェネレーションのアルバムを友人たちに勧めたけど、洋楽ニューロックしか聞かない人には相手にされなかったな。このアルバムの帯のコピーは素晴らしい、”日本のニュー・ロック・グループNO1"というまさにそのものずばり!!
解散後、73年~75年の、デイヴ平尾とゴールデン・カップスというバンド(郡山ワン・ステップにも出演)では、柳さんはギター担当でしたね、ベースはなんと加部さん。このころのギター・プレイもまさにクリーム時代のクラプトンみたいでへヴィーでした。(現在デイヴ平尾の復刻CDで聴ける)ドゥービーの曲多くやってましたね。
本当の本物がなくなりつつあり、哀しい限りです。
ご冥福お祈りします。


投稿: mick | 2011年10月15日 (土) 08時37分

mick様
コメント、編集しておきました。

柳さんの動画はYoutubeにいっぱい揚がってますね。どれも素晴らしい内容です。元気だったら夏フェスとかにも出ていたでしょうねぇ。若い人達にもっと知って欲しかったです。

投稿: kussy | 2011年10月15日 (土) 08時58分

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