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2010年6月

2010年6月29日 (火)

時は無常なり、カラスも登場

昨日分の続き。

実家に向かう道にはまだ昔の面影を色濃く残す景色も僅かながらあったが、ほとんどはすっかり様変わりしていた。特に母の実家のあった辺りの変貌は激しい。今年の初めにかっての実家の敷地内に最後まで残っていた親族が立ち退いてしまい(今は更地になっている)、とうとう縁も所縁もない場所になってしまった。本家の跡地にはマンションが建っている。そのマンションの住民が、かって同じ土地の上で喜怒哀楽の人生を生きた人々のことに想いを馳せることはまずないだろう。

それが正しい。だからこその人の世だ。

ただ無常は感じる。

それが歳を重ねるということかもしれない。

さて目的の円泉寺はその実家跡からすぐ近くだ。親族の法要で子供の頃から何度も訪れたことがあり(そして子供たちには良い遊び場でもあった)馴染みが深い。

円泉寺HP http://www.kotobuki-p.co.jp/jiin/ensenji/index.htm に拠れば、その草創は南北朝時代まで遡るということだ。そんなに歴史があるとは知らなかった。黄昏時の境内には長い時の流れの中に積み重なった(そして忘れられていく)寺縁の人々の想いで満ちているようだ。どこか時間の止まったような趣を感じさせる。

墓参りにはうってつけの雰囲気といっても良い。

ただね、黄昏時は逢魔ヶ時でもあったのだ。いたんだよ、「魔」が。

俺が境内に入った時からうるさく鳴いている2羽のカラス。最初はそれほど気にしていなかったのだが、墓地内に入ってから明らかに自分に対しての威嚇もしくは警告で鳴いていることに気づいた。墓所内に彼らの縄張りがあるのだろうか。ひょっとして巣?雛?どうやら彼らが巣に帰還する時間に重なってしまったようだ。

続く。

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2010年6月28日 (月)

補完される記憶

前回http://waretadataruwosiru.txt-nifty.com/blog/2010/06/post-20c9.htmlの続き。

松陰神社にお参りした後、三軒茶屋に出てみることにした。ここまで来ればさすがに道には迷わない。程なく三軒茶屋到着。

と、目の前に養老の滝出現。ここはとりあえずビールだな、と軽く一杯。生き返る。

さてどうするか。今年1月のライヴ開催以降すっかりご無沙汰だったComeTogetherhttp://www.cometogether.jp/toppage/index.php)にでも行ってみるか。でもあそこは6時半から営業、今何時だ、6時前か。どこかで時間を潰さなきゃ。

そうだ。母方の実家が先祖代々檀家であった太子堂の聖王山法明院圓泉寺(円泉寺)にいってみるか。たまにはご先祖の墓参りもしておくのも悪くない。

以前にも書いたが、母の実家は昔はこの一帯を代表する旧家であった。今でも実家と同じ名字は近隣に多い。戦後はご他聞にもれず土地も家も次第に縮小され、最期は全て失われてしまったのだが。それでも子供の頃は旧家然とした門構えの家屋と大祖母が健在であった。一族全員で餅つき等の季節の恒例行事をした広く長い縁側と庭、それなりに自給自足が出来た畑や鳥小屋、そして大勢の叔父や叔母とその子供(いとこ)達・・・自分の原風景として重要な位置を占める体験と記憶を残してくれた。

実家があった場所まで子供の頃の記憶を頼りにあえて裏道を選び進んでみた。地形的には最も強く記憶に残る烏山川が暗渠になって「烏山川緑道」と化してはいたがそれでも記憶が生々しく甦る。

ああっ!思い出した。

子供の頃に従兄弟等と自転車で若林や松陰神社そして豪徳寺辺りまで冒険したのはこの烏山川を辿ると何処に行き着くのかという強い好奇心のせいだったのだ。

実は、豪徳寺周辺で迷った時に「烏山川緑道」に偶然行き当たり強い既知感を覚えていた。ここを行けば正しいほうに導かれるという根拠無き閃きがあった。だがその時は(正解と信じていた)世田谷線から更に大きく逸れるような気がして選ぶことはなったのだ。

記憶って面白いなぁ。今こうして書いていて補完されることもあるし、いやいや刺激になるわ。

今回はここまで。結局終わらず。カラス(「烏」)は出てきたけど、敵は本当の烏なのだ。次回いよいよ登場予定。

烏山川緑道http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/d00014275.html

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2010年6月27日 (日)

本日機能停止状態

先日ライヴを観た泥窪氏http://waretadataruwosiru.txt-nifty.com/blog/2010/06/2010617-3363.htmlと高円寺で飲む。

楽しかったが、飲み過ぎた。

で、本日は終日修復中、何も機能いたしません。

う。

うう。

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2010年6月25日 (金)

神社の隣の大学は今はどうなんだろう。

昔は「長髪」というだけで気合を注入してもらった駒大の知人がいたなぁ。有名な昭和48年の新宿駅乱闘事件での中心人物と社会人になってから知り合ったが、普通にいい人だった。

それはとかく前回の続きである。

さて、世田谷通りから角を曲がるとそこは松陰神社通り商店街。予想より(かなり)離れてはいたが遠くに「松陰神社前」駅の踏切も確認できる。

「やったー、踏切渡れば松陰神社はもう目の前?神社っていうぐらいだし」

―― のはずがなく、行けども行けども商店街なのであった。そりゃもう途中から道が違うのかと不安になるくらいに。

実際のマップはこんな感じ。Maps松陰神社通り商店街HP http://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?blog_id=267318 から引用

でもね、懐かしさと新しさが適度なバランスで混在した商店街は良い雰囲気で決して退屈することは無かった。世田谷でもこのあたりは古い住宅地で庶民的な感覚が強く生活感がある。そんな地域に愛される商店街らしく幅広い世代の人々で賑わっていた。

しかし蒸し暑い。途中のコンビニで涼みつつ(何も買わずにトイレだけは借りて)、なんとか松陰神社に到着。

他の神社や寺とは違う生々しい「畏れ」を感じた。その存在や思想が今の時代と地続き過ぎて圧倒される重さがある。同じ時代を生きてきた長州縁の人々の墓に囲まれた松陰の墓の前では、ぐっと背筋の伸びる感じを味わった。彼と彼らの想いがまだまだ強くこの場にあるような気がした。とても写真なんか撮れない。

代わりに境内にあった大黒様一群を。松陰とどんな謂れがあるのか。Rimg0282

でもね、松陰が生瀬勝久版のイメージでしか浮かばないのには参った。それほど「龍馬伝」の松陰が印象に残ったということだな。

うー、今回も「カラス」まで辿り着けない。

次回「今度こそカラス」(仮題)に続く。

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2010年6月23日 (水)

ダンジョン世田谷―MAPは必携

前回21日分http://waretadataruwosiru.txt-nifty.com/blog/2010/06/post-3742.htmlの続き。

豪徳寺参拝後、「三軒茶屋まで歩いてみるか、松陰神社にも寄ってみたいし、ここから近かったはずだ」と思いついてしまった。子供の頃から三軒茶屋から若林の松陰神社辺りまではある程度の土地勘があったし、地図で確認したわけでもなのに何となく世田谷線は直線のようなイメージがあり豪徳寺からでも線路に沿って歩けば楽勝であろうと考えたのだ(ちなみに世田谷線には「豪徳寺」という駅名は無い、小田急線「豪徳寺」駅に当たる駅は「山下」駅である)。

大きな間違いであった。

確かに世田谷線は「三軒茶屋」駅から「若林」駅までは比較的真直ぐに進むが、松陰神社の手前からかなり大きく迂回して「山下」駅に至っていたのだ。

どうです、この迂回っぷり。確かに直線なら豪徳寺と松陰神社は近いな。Maptsetagaya

豪徳寺最寄の「宮の坂」駅まで行って初めて判ったのだが、世田谷線に線路沿いの道など無かったのだ。あるのは線路を横切るか大きく離れていくかの2種類だけ。更にそれらの道がかなり複雑に入り込んでいるところに、頭の中では世田谷線は直線と思い込んでいるオレ、これは迷うなというのが無理だ。もちろん迷った。案の定、気が付けば豪徳寺山門前の道・・・つまり振り出しに戻っていた。う~む。

とりあえず微かに覚えのある地名や目標を目安に進んでみる。しかしどうも世田谷線からどんどん離れているような気がして不安になった、実がそれが正しかったのだが。止せば良いのにまた沿線方面に戻ったりする。結局、蒸し暑い中大汗かいて辿り着いたのは、馴染みの濃い世田谷通りであった。安心感からとりあえずずんずん進んでみる。

でもなんだか違う気がする。

若林と世田谷通りは直線では結びつかないはずだ。なんだかまた大きく離れていくような。すると目の前に「松陰神社」方面を示す標識が出てきた。そこを曲がればすぐに松陰神社かと思った。なんだやっぱり合ってたじゃん、と根拠のない勝利感を覚えたオレは(それまでの無駄足を考えれば)馬鹿丸出しである。

ということで、予告と違うし長くなるしで申し訳ないが、もう少しこのネタ引っぱります。

で、次回「カラスは怖い」(仮題)に続く。

(おまけ)ひとんちのすぐ脇を通り過ぎる世田谷線Rimg0284

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2010年6月22日 (火)

突然ですが

」のカテゴリーを作りました。もちろん猫科全般、ライオンやらトラなどの大きいお友達や野生系も含みます。むしろこれだけ猫好きを語っていながら今までなかったのが不思議ですね。

ということで宜しくお願いします。

帰宅途中、いつものコースから外れた路地裏で出会った猫。Rimg0304

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2010年6月21日 (月)

招福猫児(まねぎねこ)だらけ

豪徳寺と招き猫の謂れについてはこちらを参照。

招き猫発祥の地とする説がある。井伊直孝が猫により門内に招き入れられ、雷雨を避け、和尚の法談を聞くことができたことを大いに喜び、後に井伊家御菩提所としたという。
豪徳寺では「招福猫児(まねぎねこ)」と称し、招猫観音(招福観世音菩薩、招福猫児はその眷属)を祀る「招猫殿」を置く。招猫殿の横には、願が成就したお礼として、数多くの招福猫児が奉納されている。ちなみに、招福猫児は右手を上げており、小判などを持たない素朴な白い招き猫である。―Wikipedia「豪徳寺」より引用 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%AA%E5%BE%B3%E5%AF%BA

ちなみに招き入れた猫は白猫であった。そう、彦根城の人気マスコット「ひこにゃん」のモデルでもあるのだ。

招福猫児の奉納場所自体は小さな祠なのだが、まぁ、数の多さと密集度に思わず笑ってしまう。Rimg0248

いろいろ撮ってみた。カメラはGR DIGITALⅢ。

何か混ざっている。微妙に目をそらす他の猫たちがいいね。Rimg0262a

この子たちは歓迎されているようだ。Rimg0264

最下層の猫たちはちょっと汚れ気味。右の2匹はこちらを見上げているようだ。 こっち見んな~っ。Rimg0265

長時間見ていても全く飽きない。いかん、切がない。このぐらいにしておこう。

次は「カラス襲来」(仮題)に続く。

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2010年6月20日 (日)

(前回の続き)思い出したのは豪徳寺

昼飯食いながら考えた。

京王線の下高井戸駅で世田谷線に乗り換えてみるのも一興かなと。

世田谷の太子堂に母方の実家があったことで子供の頃から慣れ親しんでいた玉電(現在は三軒茶屋~下高井戸間のみ世田谷線として運行中)とその沿線だが、下高井戸方面で馴染みがあるのは若林辺りまでで、それから先はあまり訪れた記憶がない。

沿線の豪徳寺には確かに行った事があるはずだが、ほとんど忘却の彼方だ。あれは従兄弟たちと自転車で行ったのだろうか、あの辺りの道は迷宮のように複雑で苦労して辿り着いた印象が漠然とある。

で、下高井戸駅(京王線)から世田谷線に乗り換えるのも、桜上水でバイトしていて頃に給料日にバイト仲間と三軒茶屋まで飲みに行って以来36年振りだし、この際久々に豪徳寺でも行ってみるかと思いついたわけだ。

Rimg0290 世田谷線とその沿線は予想していたよりも色濃く「玉電」の雰囲気を残していた。元々住宅地を走る路線なので木造建築が減ったぐらいで町並み自体に大きな変化がないせいだろう。のんびりと静かな郊外のイメージもある。商店街も三軒茶屋を除けば大きな商業施設は皆無だし地元密着の人間味を感じさせる。

豪徳寺はそんな環境の中でなかなか趣のあるお寺さんだった。歴史を感じさせる重厚さとともに庶民的な親しみ易さもある境内は心が安らぐ場だ。

そして「親しみ易さ」ということで言えば、やはりこれ。

どどーんRimg0266a

ま、正直言って、実はこれ目当てなのだが。

次回、「猫だらけ」(仮題)に続く。

世田谷線wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%80%A5%E4%B8%96%E7%94%B0%E8%B0%B7%E7%B7%9A

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2010年6月19日 (土)

高幡不動は中高年パラダイス(オレ含む)

土曜日の午前中、母が世話になっている八王子の病院で介護サービスの定例説明会があった。予想よりも早く終了して昼前からぽっかりと時間が空いた。予定では午後から新宿か渋谷で映画を観るつもりだったが計画変更、ちょうど盛りを迎えたであろう高幡不動の「あじさい祭り」に行くことにした。

Rimg0226

実は先日もモロ氏(仮名)を案内して訪れていて、満開時には写真を撮りに再び来たいと思っていたのだ。もっとも突然の思い付きだったのでカメラは常に携帯しているズーム機能無しのコンパクト・カメラ(GR DIGITAL)だが。Rimg0187

高幡不動(正確には高幡山明王院金剛寺)ではこの時期にあじさい写真のコンテストを催すこともあってか、境内にはカメラを持った人だらけだ。しかしいつの間にかカメラといえば一眼レフの時代になってしまったのか。老いも若きも(中高年が圧倒的に多いが)皆どーんと大きなズームレンズを装着して傑作撮ろうと一生懸命。最近は女性も多い。得てしてカメラ知識を総動員して狙いに狙った男性の一枚よりも、女性が感性のままオートで撮った一枚が優れていたりするんだよね、これが。

狙うポイントは皆一緒。Rimg0231

狭い通路に人がどんどん増えてきたので早めに退散することにした。

さて昼飯食った後、どうしようか。

ということで、この回、続く、

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2010年6月18日 (金)

苑麻改め泥窪@高円寺ペンギンハウス 2010.6.17

高円寺まで知人のライヴに行ってきた。

026ソロでのライヴは3回目ということで、曲も練れてきていたし、だいぶ「らしく」為っていた。

やはり歌(声)というのは音楽最大の武器だ。

その時点での本人の「全て」(才能とか思想とか築いてきたものとか)が剥き出しになり隠しようが無いのだが、その分、「伝わる」時にはこれ以上ないほどダイレクトに聴き手に届くのだ。音楽衝動に一番忠実な手段だと思う。オレも高校時代までは「伝えたい」気持ちが強かったはずなのに、いつの間にか消えてしまった。いや、ちょっと残っているのかな・・・?

最近ちょっとだらしなくなりつつあったので、よい刺激になった。ありがとう。

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2010年6月16日 (水)

夏猫 

猫がだれる季節になった。

最寄の駅前で発見。無防備もよいところである。009_3

満ち足りたお顔。008_3

根津の顔なじみ。床机の下は定位置だ。032_2_2

モノクロでも一枚。029_2

撮影中の私は姿はとても恥ずかしい格好である。おめぇよくやるなぁ、と言っているようだ。

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2010年6月15日 (火)

入梅

鬱陶しい季節が始まった。069

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2010年6月14日 (月)

ALAN WAKE (Xbox 360)

舞台は風光明媚な山間の保養地、主人公はスランプに悩む人気作家、そして小説の世界が現実となって主人公に襲い掛かる・・・そう、ゲームの中でも言及されるが、まんまS・キング風なサイコ・ホラーである。ちょっとリンチ風味(ツインピークス!)もある。

物語は一本道、ゲームバランスは結構シビアでセーブも出来ない(進んだエピソードまでが自動的に記録されるだけ)。最初は失敗したかなと思ったけど、気が付けば夢中になっていた。細部までこだわり抜いて設定された自然の背景や住人たちの生活感がリアルで素晴らしくまるで映画そのものを操作しているような気にさせてくれるのだ。

ひょっとしてこれからプレイする人もいるかも知れんので詳細は書かんが、このゲーム内での事件が起こる前の出来事を描いた実写ムービーがあるので紹介しておく。これはほんとにリンチっぽい。http://www.xbox.com/ja-JP/games/a/alanwake/movie/

「好みかも」と思ったらぜひどうぞ。

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2010年6月12日 (土)

まる様、猫又化進行中

先ずこの動画からご覧あれ。

一週間ほど前に飼い主から新しい遊び道具をプレゼントされたまる様、かなりお気に入りのご様子である。

そして新着動画がこれ。

何をして欲しいか、そのためにはどうしたら良いか、と思考が進むだけでも凄いが、目的の物が戸棚の「中にある」という認識力というのはかなり高度な知能ではないかと思う。

やはり、まる様は普通ではないな。

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2010年6月11日 (金)

稲中 前野

ラヴコメ禁止(by死ね死ね団)039

A12のマクロ撮りテストで撮影してみた。

20100507125050_00_240ところで、死ね死ね団のTシャツ出てるの知ってる? http://news.walkerplus.com/2010/0508/13/

このパンダカーに乗ってみたかった人は多かったに違いない。

リンクに表示されるテキスト

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2010年6月10日 (木)

Perfume's Pepsi NEX Commercial (Lovefool / The Cardigans [Cover])

Perfumeのところをクリックすると動画が観れるよ。 http://www.pepsi.co.jp/gallery/index.html

攻めているなぁ。

確実に「海外」も意識していると思う。

未だにアルバムのインフォメーションはないけど、秋頃、ドーム公演の前あたりになるのかな。

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2010年6月 9日 (水)

クマー

審議中036

だりぃクマー041

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2010年6月 8日 (火)

HDDに溜まりに溜まったテレビ番組1ヶ月分

未見の番組、例えば4週分の「龍馬伝」とかNHKBShiの各種特番物とか、を観始めた。

結構大変。

観始めれば面白くて集中できるのだが、何しろ時間がかかる。特番物なんて90分もあるのだ。しかも観たら観たらで消すかどうかでこれまた悩む。まあ、大抵は再見することなど無いのだけど、その場では悩むのだよ。特に寺社仏閣や日本美術関連の特番は決断が難しい。

それでも何とか半分ほど消化完了。

で、「龍馬伝」なのだが、ここの所リアルタイムで見逃すことが多く、観よう観ようと思っているうちに2週分を溜めてしまった。そうなると更に観るのが億劫になり、気が付けば4週分。これはいかんぜよ、ということでやっと観始めた。

とりあえず2話、「収二郎、無念」と「故郷の友よ」。

未来(夢)を語れる龍馬周辺と、厳しい現実に直面せざる得ない袋小路の半平太周辺、そして夢も現も知り尽くした容堂公、それらの対比が面白い。あ、あと、後藤象二郎の邪悪な笑顔が最高。

武市夫婦の最期の朝餉シーンも素晴らしかった。演技を超えた感動があった。

残りはまた。

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2010年6月 7日 (月)

HMV渋谷 閉店

“渋谷系”の聖地、「HMV渋谷」が8月中旬で閉店
http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/oricon-20100607-20100607-017/1.htm

渋谷のレコード屋(あえて言わせてもらう)がまたひとつ無くなる。

個人的に普段利用するのはタワーだが、あの場所にHMVがあることが「渋谷」の象徴でもあったのにまことに残念。

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2010年6月 5日 (土)

帰宅

依水園から大仏殿を望む。100

3日間、ひたすら歩きまくった。

暑かった。

さすがに疲れた。

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2010年6月 4日 (金)

唐招提寺金堂

035

10年以上の年月をかけて補修された金堂。屋根のゆるやかな曲線が美しい。

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2010年6月 3日 (木)

旅先です

006 奈良に来ている。

目的は改修後の唐招提寺。

その他、いろいろ。

とりあえず。

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2010年6月 2日 (水)

彼女が来た

昨晩の明け方近く、耳許に気配を感じ眼が覚める。辺りを見回すが何もない。猫の鳴き声を聞いた気もするが、夜明け前の薄暗い室内には冷蔵庫のモーター音が聞こえるだけだ。

再び眠りに落ちる。

今度ははっきりとその鳴き声を聞いた。室内の明かりをつけ確認するが、やはり何もいない。眠気は消えてしまった。恐れや不安のせいではない。思い出したのだ。

久々に彼女が来たのか。

会社勤めを始め一人暮らしをしていた頃、正月などに実家に帰ると普段使用されていない2階の部屋に泊まった。大学受験まで弟の部屋だったのだが、彼の大学合格後は長い間使用されておらず、家具や机、本棚等が以前と変わらず置いてあっても生活感は無くなっていた。

そこで就寝すると、たびたび彼女の気配を感じた。子供時代から飼っていて、大学時代にその2階の部屋で最期を看取った雌猫の気配をだ。

暗い部屋の隅に何かがいる、しかし灯りをつけた瞬間に視界から消えてしまう(一瞬見えた気もする)、自分と違う何かが部屋の中に存在する気配は正直あまり気持ちの良いものではない。その時点ではそれが何かおぼろげに見当は付いてはいたが、確信は持てなかった。ためしに母親に話してみたがまともには取り合ってくれなかった。

が、ある晩決定的なことが起こる。

夜中に布団の中で目を覚ますと、脇腹あたりに何かの存在を感じた。丸まった猫の感触だ。右の脇腹と右手の内側に丸まる生々しい存在感。あまりのことに完全に目が覚めた。あろうことかゴロゴロとのどを鳴らす音さえ聞こえてきたのだ。しかし不思議と恐怖は感じなかった。今までの気配も含めて間違いなく「彼女」の仕業だと確信できたこともある。

ただ、この脇腹あたりに存在する「何か」に触れてみたい衝動を抑えるのに苦労した。猫を飼っていた人は良くわかると思うが、気持ちよく寝ている猫を人間の都合で起こしてしまう罪悪感、まして相手は・・・触れてもしリアルな感触があったら、いや、無かったとしてもそれはそれで・・・結局、何もせずそのままの状態で再び眠りに落ちた。

それ以来ばったりと彼女の気配は感じなくなった。満足したのだろうと思っていた。

ところが昨夜、再び訪問を受けたようだ。

お迎えかな・・・いやだなぁ。

それとも最近水木しげるの本ばっかり読んでるせいかな。そうだそうに違いない。

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