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2009年7月19日 (日)

中春こまわり君「祝日」 例の父親

連載開始第一作目で禁断のキャラクターとも言えるあの父親を登場させてしまったことが良いのか悪いのか。もちろん舞台も設定も違っていれば問題は無いのだが、あろうことか「まんま」の姿で現れ、あまつさえ自己パロディまで演じているという徹底ぶり。たぶん江口寿史あたりの提案から始まったのだろうが、山上本人も楽しんで描いているような気がしないでもなかった。硬軟の力加減は違うとはいえ、過去の創作活動に今さら裏も表も、黒も白も、本音も建前もあるわけはなく、全てをニュートラルな立場から俯瞰できる心境になったのかもしれない(前後して全集の刊行もあった)。ただ、やはりギャグの世界への再登場とはいえ、彼のキャラの象徴する「あれこれ」が笑いの中に微妙な苦さを残すのだが。

そして今作では準主役として登場。いったい掲載紙読者の何パーセントが元ネタ「光る風」を知っているのか。今回もそんなことはお構いなしの自己パロディ、というよりも、このキャラ六高寺吉次郎だからこその(非)人情話を一くさり(この老夫婦の話は山上本人が聞いた実話ではないだろうか)。人間の背負う「業」は歳と共に軽くはならない、むしろ重く足枷となり残りの人生に暗い影を落とすのだ・・・つるかめ、つるかめ。

それは個々の深刻度の違いはあるとはいえ自分も含めて否が応でも向き合わなくてはならない現実でもある。当事者が精神的に破綻してしまう場合もあるだろう。それに対して達観や諦観は最大の対抗策になりうるのだけど(こまわりは案外そうだな)それにはかなりの精神修養が必要そうだし、我々凡人は適度な逃避行動(趣味、嗜好品)でバランスをとっていくしかなさそうだ。そして次第に逃避行動は過度になり最後は現実の重さでバッドエンドに、いや、これだけはなるべく避けたいとは思うが。

て、山上作品でそんなことまで考えさせられることになるとは思わんかった。これもある意味「光る風」の余波と言えるかな。しかしどんだけの遠投ぶりじゃ。

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