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2009年1月14日 (水)

早乙女太一 『わらべうた』@青山劇場2009.1.14

モロ志賀氏(仮名)の仕事の関係での招待枠があったので観劇を誘われた。特別な興味があったわけではないのだが、この機を逃せば自分の人生で二度と接点を持つことのない世界だと思い、ありがたく招待を受けることにした。

正直、早乙女太一に関してはテレビや映画で時折見かける踊りの上手いちょっと目立つ男子だなぁ、ぐらいの認識しかなかった。北野武の「座頭市」(公開時に観た)でおせい役の子供時代を演じているのだが、成人後を演じた橘大五郎と(ついさっきまで)混同していたし、いわゆる大衆演劇出身のタレントの複合的なイメージ(演歌的な泥臭さや過剰な情緒性など)が先行していた。だから今回の舞台にはあまり自分なりの批評性を持ち込まずなるべく素直な気持ちで楽しもうと覚悟(?)をきめて臨んだわけだが・・・

う、美しい・・・L018625

オーラが違った。

2部構成で、前半は主要キャスト(誰が誰やら判らなかったけど)にそれぞれ見せ場のある舞踊が中心で、ベテランはベテランらしく若手は若手らしく観客の目で鍛えられた大衆演劇らしいケレン味のある芸を披露していた。しかし、その中で一際輝きを放つのはやはり早乙女太一だった。もちろん芸の熟練という点ではまだまだ伸び白のある発展途上と思うのだが、選ばれた者しか持ち得ない天性の「華」があるのだ。こればかりは努力で身に付くものではない。若さ(17歳!)ゆえか他者にはない身体表現のスピード感が適度な現代性を感じさせるのも良い。冒頭、着物姿での日本的な舞踊をあえて避けて、リズムに乗った切れの良いタップダンスを披露したのが象徴的だ。

後半は、今回の公演のテーマでもある「わらべうた」をモチーフにした創作もの(セリフや歌のないオペラ風と言えば良いか)。観劇前はべたべたのお涙頂戴もので、ちょっと辛抱しなくてはいかん展開になるのではないかという懸念もあったのだが、そんなことはまったくなかった。演出の一貫性に多少のぶれは感じたが、総じてシンプルで抽象的なセットとお約束的要素を過剰にならない程度に取り入れた説明過多にならない展開(セリフがないことが良い方向に作用した)が観客の想像力を適度に刺激して飽きさせなかった。

最も印象に残ったのは、太一演じる花街の大夫が文を届けにきた少女の膝に付いた汚れをさりげなく払うシーンだ。これは思わずグッときた。大夫自身の過去をその少女に重ね一挙に過去の別れのシーンに飛ぶ演出の流れも素晴らしかった。

惜しむらくは、公演全体を通して既成の楽曲やオリジナル曲の使い方にもう少し繊細さが欲しかった。音楽だけが過剰だった。つなぎ方が唐突だったり曲のイメージが強すぎたり、一瞬、道頓堀劇場かと思ったぞ。

予想通りと言えば客層で、女性客が圧倒的。ただ皆礼儀正しく、怖いもの見たさでもう少し熱狂的なものを期待していた私としてはちょっと残念、いや良かったのかな。

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