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2008年10月

2008年10月31日 (金)

「陽炎の辻2 ~居眠り磐音 江戸双紙~」は良いね

30分枠になって暫くは違和感があり評価しずらかったのだが、慣れるとテンポの良さが逆に魅力になってきた。こんなことなら最初から記事にしておけばネタ出しに苦労することもなかったのに・・・

それで、磐音の物語はいよいよ大詰めなのだが、土曜の放送を用事(旅行)があって観ることが出来ない。これは残念と思っていたら、BShiで金曜日の先行放映があったのだ。知らんかった。

観ていない方の為にネタばれは避けるが、久々にテレビで泣いた。おこんちゃん・・・オヤジの一言には笑ったが。

旅行から帰ったらまた書きます。

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2008年10月29日 (水)

楽しい音楽生活 12                クラシックも聴くよ

中学校の時の音楽の先生は、生徒達が日常的に聴いていた音楽、ポップスやフォーク、ロックなどに理解があった。定期的に行われたクラシックの試聴授業でも、そんな生徒達が興味を持ちそうな曲を選曲してその音楽的構造や魅力を(ピアノを使って)上手にお知えてくれた。ただ理論だけを押し付けの教材で教えるのではなく、「音楽の楽しさ」を知ってもらう事に優先的に力を入れていたのだ。「学ぶ」ためにクラシックを聴くのではなく、先ず自発的に楽しむ事が必要で、音楽知識は後から付いてくるという事だ。更に、興味を持った生徒達(私もその一人)だけの放課後試聴会を行ってくれた(そこではクラシックに限らず、生徒が持ってきたポップスのレコードをかけたり、生徒が結成したフォーク・グループに歌わせたり、という事もあった)。先生(男子中学生にとっては、いろいろと困るぐらい『大人』の女性でした)自身は印象派が好きだったようで、フランス近代の曲(小品でメロディアスな曲が主だったが)をよくかけていた。なかでも、大音量で聴いた「ボレロ」の感動は一生忘れられない思い出になった。(同じ「印象派好き」でも美術の先生Nは自分の美意識・価値観だけを押し付ける最低の野郎だった)

ビートルズの記事を書いた時にも思ったが、中学生の時の音楽体験って人生に大きな影響を与える気がする。ま、それは音楽に限らないけどね。

前の会社で聴かせ上手・教え上手なクラシック好き上司に出会ったことも大きかった。この方には、演奏家の魅力とその違いによる楽しみ方を教えていただいた。フルトヴェングラー、トスカニーニ、歴代の偉大な指揮者に始まって、グールドなど個性的な演奏家まで・・・この方の家に遊びに行くのが楽しかった(音楽談義をしながら飲む酒も旨かった)。大変感謝しています。

そんな訳でクラシックも好きだよと。今、iPodにもクライバーのベートーヴェンやグールドのバッハなど何枚か入っているけど、今日はその中からこの一枚。

フォーレ:「レクイエム
ミシェル・コルボ指揮 ベルン交響楽団 他 517ogafqbml__ss500__2

その音楽好きな上司が教えてくれた数々の名盤・名演の中で最も心に響いた一枚。未だに年に何回かは通して聴くぐらい好き。

昨今は「癒し」とか安易な一言で紹介されたりするが、そんな上っ面だけの音楽ではない。もっと心の深いところに届く、聴き手に(心理的に)自分と向き合う事を促す力のある作品だと思う。

そこには(キリスト教的な)神の怒りも審判も許しもない、第三者に委ねるのではなく、己自身で、己に向き合う事で、最後の楽園に至るのだ。

「私のレクイエムは死に対する恐怖感を表現したものではない」とフォーレは言う。彼にとって死とは「苦しみというよりもむしろ永遠の至福と喜びに満ちた開放感に他ならない」のだ(発表当時は異教徒的と批判もされたようだ)。世界中で宗派を超えて自分の葬式でこの曲を流して欲しいという人々が多い理由も分かる。

そして、ボーイ・ソプラノを採用したコルボによる演奏が素晴らしいのだ。透明感と柔らかさ、必要以上に重厚になり過ぎないオーケストラ・アンサンブル、別の指揮者の名演と言われる演奏も聴いてきたが、最後はこの演奏に戻る。

全7曲、有名なソプラノ独唱曲『ピエ・イエズス』や映画やテレビでも良く使われるラストの『イン・パラディスム楽園にて)』などどの曲も魅力的なのだが、個人的には3曲目の『サンクトゥス』が大好き(iPodでもこの曲だけピックアップして聴くこと多い)。

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2008年10月28日 (火)

世界最強の国技 SUMOU

いろいろと大変な事になっているらしいが、いまさら品格とか基本的にはどうでも良い。強い者は強く在ればよいし、弱い者は弱く在ればよい、それだけのことだ。だって相撲は既にSUMOUとなり神の領域にあるのだから、所詮、人知の及ぶものではないのだ。

という事で、衝撃の映像をどうぞ。

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2008年10月27日 (月)

新装版「大日本天狗党絵詞」 1             黒田硫黄

天狗自在に飛行をなし、あやかしの術もて人をさらい
古来より畏怖と敬愛を享けた天狗
かれらはどこにいるのか
どこから来てどこへ行くのか?
何を食っているのか、寒い日はどうするのか。
天狗にさらわれちゃった子は、それから
どうなちゃったのか?
天狗の未来を憂う待望の第一巻。(「黒田硫黄自筆の惹句」より)

51enoljedrl__ss500_この作品が連載(94年10月~97年1月)されていた頃の漫画月刊誌「アフタヌーン」は有能な新人漫画家の刺激的で興味深い作品が多く掲載されいたのだが、その中にあっても黒田硫黄のこの作品は異彩を放っていた。

まだまだ粗く未整理ではあったが、筆で描かれる妙に人間くさい登場人物や映画的でアクの強いコマ割りと背景描写、「天狗」から発想される奔放なイメージの独創性とストーリーの虚構的飛躍度の高さ、デビュー作にして既に唯一無比の黒田節(?)を完成しているのだ。

もっとも、連載当初は全体的に夜のシーンが多いこともあり、墨と筆による黒のベタ塗を多用した画面は暗くて読み難く印象は良くなかった。しかし物語を読み進むにつれ、この絵柄以外あり得ないほどハマってしまった(まさに天狗の仕業じゃ)。

今回読み直してみたら、以前より更にすっきりと読める。黒田節に十分な耐性が出来たこともあるが、全4巻だった単行本を全三巻分に再編集・再構成(音楽でいうところのリマスター、リミックスか)したことの効果かもしれない。主人公シノブも良いが(黒田の描く女性キャラは好き)、何と言っても師匠がこの作品の肝だな。ストーリーなど細かい感想については全巻刊行後に書く。

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2008年10月26日 (日)

ベルセルク 33 三浦健太郎

年内発売は無理だと思っていたら突然出た(ニコ動での宣伝で知った)。599cd0920ea0b6a95ce2d110_l

美しいグリフィスの表紙が一瞬、初期の巻が並んでいるのかと思わせた。 そう、「」以前、鷹の団の仲間たちとの輝ける日々が描かれていた頃の「ベルセルク」を。

歴史は繰り返すのか。グリフィスが輝けば輝くほど悲劇的で絶望的な結末への予感が強くなり、読み手の心に暗い影を落とす。私たちはグリフィスがゴッドハンド「フェムト」の転生した姿でしかないことを既に知っているからだ。

「世界の理が 今 終わる」
「まもなく夜が明ける 真の太陽が世界を照らす」
「誰も見たことも無い 新しき世界」

彼の目指す世界は何か?使徒や魔物たちが従順に従うほどの目的とは何だ?それは理の世界で生きる者たちにとっては、とてつもなく禍々しい物であることは間違いなさそうだ。いやだなぁ。

それにしても、クシャーン帝国大帝ガニシュカを世界の理を終わらせるもの「終わりの魔獣」」として転生させるとは!どこまで先を読んでストーリーを考えているのか、全ての登場人物に(物語的に)意味があるのだ。

今巻でも、サブキャラ達が自らの登場意味と目的をきちんと果たしている場面が数多くある。中でもミッドランド軍アークロー騎士団団長ラバンによるウインダム市民全員の脱出エピソードは印象的。彼は以前から冷静な判断力を持つ人物として何度か登場していたので、この活躍が不自然でなく納得できるのだ。今回初登場の鷹の団工作員ジャリフも良いキャラだと思う。

そしてもう一人、暗殺集団バーキラカの首領シラット。帝国の柵から離れ、「見届ける者」として第三者的立場が明確になった。それが最終的に悪意に転ずるか、善意に転ずるか、個人的には後者になることを期待するのだが。

しかし、これだけ濃いキャラが揃っていると、それぞれが勝手に動き出しそうで作者も手綱を抑えるのが大変だろうな。油断していると話がどんどん横道にそれそうだし。たまにガス抜きしないと・・・というかそういう暴走場面が楽しいから困るのだが。今回で言えば海賊の御頭(憎めないバカ者)とロデリックの海戦シーンとか、ファルネーゼのヘタレ兄「マニ彦さん」ことマニフィコとパックの新コンビ誕生とか、もっと見たいのだがこれからの展開では難しくなりそうだ。

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2008年10月25日 (土)

中春こまわり君「痛い風・後編」 山上たつひこ

歳をとるという事は・・・

体力の衰え、少しづつ壊れ始める肉体、自覚する「死」という絶対的結末、緩やかに進行する絶望。

老いても衰えないのは「妬み」「嫉み」「恨み」「悔い」など「負の感情」ばかり(むしろ強くなるか)。

逃げたい現実、持て余す自分、こりゃ飲むしかないやな。でも、何かに縋ったリ助けられても、根本的な解決にはならないことは自分でも分かっているのだけどね。

問題はどこで折り合いをつけ、それに向き合えるかという事だ。

今回はそんな話だった。「こまわり」で「老い」を考える日が来るとは思わなかった。それにしても、あべ先生の寝顔は・・・つるかめつるかめ。

11月28日に待望の単行本が出るそうです。楽しみ。

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2008年10月23日 (木)

楽しい音楽生活 11               前回の続き

という事で、プログレ以外をもう一枚。

Lark/Linda Lewis 197251s9vrd9yyl__ss500__2

イギリスの女性シンガー・ソングライターリンダ・ルイスのセカンド・アルバム。当初日本盤が出なかったこともあり、70年代は知る人ぞ知るアルバムだったが、80年代の「幻の名盤」ブームの中で人気を集め再評価が進んだ(このアルバムを語ることがある種のステイタスだった)。ブームの中で化けの皮が剥がれた「名盤」もあったが、このアルバムだけは現在に至るまで評価は揺るがない。

R&B、フォーク、ロック、安易なジャンル分けを拒む唯一無比なオリジナリティ。ハイトーンがこの上なく魅力的な歌声。そしてジャマイカ系というルーツに由来するのか中南米的でしなやかなリズム感覚。今回10年ぶりに聴き直したが、今の時代、いや、どの時代に聴かれても違和感のない音楽的なクオリティに今更ながら驚嘆した。当時の時代性や社会的価値観に媚びることなく自らの「個」の感性に素直に従った結果が、時代を超えた普遍性を生み出したのかもしれない。

ちょっと調べたら、今年の夏に新しいリマスター使用の再発盤が出ている。収録曲のほとんどがアコースティック・ギターを中心としたシンプルなバッキングで「歌」の魅力を引き立たせていることもあり、出来ればもう少しいい音でと思っていたのでこれは入手せざるを得ないな。

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2008年10月22日 (水)

楽しい音楽生活 10                  関根史織のプログレ

先日に続いてiPodの大幅入れ替えを行う。8年間寝かした段ボール発掘組に加え、手元組(約500枚)と最近購入分などから、今の気分に合う物をセレクトした。その一部を紹介。

先ずは、久々に「MARQUEE」の関根史織の記事を確認(立ち読み)出来たこともあり、そーかイタリア物か、ということでこの2枚を。

Tilt/ARTI+MESTIERI51mblttf9xl__ss500_ 1974

バカテク・ドラマーキリコのおかげもあってか、未だに根強い人気を持つ彼らの代表作。

イタリアのロックに於いては個々の演奏技術のレベルの高さは当たり前のことで驚くことではないのだが、このバンドの実質的なリーダーでもあるキリコのドラムの超絶プレイには今更ながら圧倒される。一応ジャズ・ロックとして分類されることが多いが、楽曲の構成や、全くジャズ的でないキーボード(メロトロンも使用)のアプローチとか、洗練しきれない(いい意味での)泥臭さとか、紛れもなくイタリアのシンフォニック系ロックと言える。

Concerto Grosso /New Trolls 1971 4163nyx81hl__ss500_

バロックが現代によみがえったようなイタリア・シンフォニック・ロックの名盤。

ヴォーカルや楽曲の良さに加えて実際のストリングスとの共演によって息をのむような美しさを作り出しており、ロックとかプログレとか関係なく誰にでもに薦めることが出来る素晴らしい内容だ(ただしLPでいえばA面のみ)。

後は明日に続く。

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2008年10月21日 (火)

Take Me Out To The Ball Game

知人の誘いで西武ドームでクライマックスシリーズ「西武vs.日本ハム」第4戦を観戦してきた。001

座席はネット裏のスペシャル・シート。20061007003 ボックス風のゆったりとした座席で快適に観戦できる。飲食も(写真のように)係の女性がオーダーを受けて運んでくれるという、ちょっと嬉しいシステム。周りは放送や報道の関係者が多かった。

さて試合の方だが、日本ハムを応援する当方としてはまことに残念な内容。先発スウィーニーが悪すぎた。それにして西武の石井一久投手はたいしたもんだ。初回こそ荒れていたものの、気が付けば今季最多計13奪三振!脱帽です。

しかし、西武ドームは遠いなぁ。

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2008年10月20日 (月)

だめだこりゃ                       ストレンジ・デイズ12月号

鉄腕アトムかよ!51jp91n3jl__ss500_

書店で表紙を見て買う気が萎えた。

パラパラとページをめくる。アトム、世代、近未来、電子音楽、テクノ、おまけに2号続けての浦沢直樹・・・編集者は最高の企画と思っているかもしれんが、いったい誰に向けて作っているのか?少なくとも音楽的な資料性だけを求める小さい版の頃の読者(俺)じゃなさそうだ。

ま、どの辺りを読者として設定しているのかだいたい想像がつくが、以前から続くコラムがマニアック過ぎでバランス悪いし(そのうち整理されてしまうか)、表紙に釣られて購入した客層の興味を繋ぎ止めることが出来るのかな?俺が心配する事じゃないか。

ところで、浦沢直樹てどうなんでしょうか?短編で済みそうなアイディアを極限まで引き延ばす技術に長けていることは認めるけど、それって毎回の引きの巧さがストーリーの破綻やマンネリを忘れさせているだけじゃないのかな。手塚治虫は後期から晩年にかけて描いた一連の社会性の強い作品群こそ今の時代に語られるべきだと思うが、この雑誌には望むべくもないことですね。

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2008年10月19日 (日)

楽しい音楽生活 9                     言わザル見ザル聞かザル

あっちこっちで語られ書き尽された感もあるPerfumeだけどね。それでも書くのだ。

love the worldedgePerfume51gnvvy98pl__ss500_a_2

毎度ながら、このシングル盤にも「同時代性」と「普遍性」、「先鋭」と「保守」、「アーティスト性」と「アイドル性」と二律背反する概念が奇跡のバランスで混在している。

love the world』は後者に軸足を置いた完成度が高い作品だ。イントロから何度か曲中で繰り返されるフレーズがキャッチーで、何時何処で耳にしても直ぐにこの曲と分かる印象を残す。リズムもテクノの4つ打ち系ではなくりロックドラムのパターンを用い歌優先のメリハリを活かすアレンジになっていて、まさに王道のポップ・ソングと言える。個人的には80年代のジェネシス(フィル・コリンズ)を思い出させた。

逆に『edge』は前者に強めの比重が置かれたゴリゴリの仕上がりで、愛の歌と見せかけて突き放す詞もなんだかスゴイことになっている(かしゆか好みの作品だな)。Perfumeという器を壊さない限り、個人的にはこの方向性は大歓迎。この曲のextended mixにも強い中毒性がある。やばい。

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2008年10月18日 (土)

ビートルズ 俺の10曲

というわけで、選んでみた。公式録音211曲、ここから選ぶのは結構大変。「懐かしさ」「王道」「カッコつけ」「ひねくれ」など、基準を変えれば何通りも組み合わせがある。ここでは、自分の体験の中でビートルズ観を変えたもしくは決定付けた曲を選ぶことにした(順位なし)。

ハロー・グッドバイ』 中学生でもすぐに覚えて口ずさめる言葉遊びのようなシンプルな英語詞。能天気で破天荒に見えて、どこか悲しみや哀愁を帯びたメロディ。テレビで流れた「サイケ」なPV。当時の自分(中一)の許容量を超えた鮮烈な印象を残した。そして、更に決定的だったのが、しばらくして手に入れたこの曲のシングル盤のB面曲、これだ。

アイ・アム・ザ・ウォルラス』 許容量を超えて爆発!頭の中の妙なところが拡張してしまったような音楽体験。日常の感情の機微に訴えるだけが音楽じゃない、音楽が新しいイメージを喚起することもできるのだ、音楽(ロック)てスゴイ、と中坊ながら思ってもんだ。

以下、思いつくまま。

ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア』 ビートルズ史上、最も美しい曲だと思う。しかも、この時の彼ら以外ではこの曲の魅力を最大限に発揮できない事実、時代の空気や輝きを真空パックのように封じ込めるロックやポップスにおけるレコードという媒体の不思議にも想いが広がる。

映画「イエロー・サブマリン」で曲の良さを再発見したタイトルも幾つかある。

ひとりぼっちのあいつ』 ジョンの歌声から始まりアコースティック・ギターの響きとともにバンド・サウンドがスタートする。必要以上に凝った作りではないが、細部まで神経を使ったシンプルなアレンジが大好きだ。間奏のギターがまた最高。

エリナー・リグビー』 ひょっとして、自分のプログレ(チェンバー系)原体験?

初期からも1曲。若いころはオールディズの箱に入れていた(とんでもないことだ)。

ツイスト・アンド・シャウ』 ジョンのヴォーカルに尽きる。

後は(も)どうしてもジョンがらみの曲になるなぁ。あえてコメントしません。

ヘルプ

イン・マイ・ライフ

ストロベリー・フィールズ・フォーエバー

そして、好き嫌いを超越した極北のジョン作品。大好きな曲が多い「ホワイト・アルバム」を代表してこれを。

レボリューション9』 私の人生の方向指示機に取り返しのつかないダメージを与えてくれてありがとう、ジョン。

 

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2008年10月17日 (金)

楽しい音楽生活 8 モルゴーア・クァルテット「Destruction」

先日のビートルズの記事で書いたが、8年前の引っ越し以来ほとんど手を付けていなかったCD100枚入り段ボールが20箱以上ある。

その中から目的のCD(ビートルズ)を探すのは一苦労だったのだが、実は楽しくもあった。ついつい目的とは別のCDに目が行く。引っ越し当初、とりあえず手元に置いておきたいCDを選んだ時には気にもかけなかったのに、今この時点では興味津津、自分の音楽嗜好の変遷を確認する為にいちいちチェックし始めてしまった。これはキリがない。目的のCDを全て探し出したところで自制をかけたが、その時点で目的以外のCDが20枚ほどになった(その内容は、ライムスタージェームス・ブラウンシルヴィアン&フリップパーラメント菅野よう子細野晴臣ポップ・グループマイク・オールドフィールドPFM等など)。ビートルズを優先しなくてはいかんのだが、やはり聴きたくなるのが人情というもの、ビートルズと合わせて全てiPodに落とし込むことにした。

そんな中から、10年前の購入時に一度聞き流しただけで仕舞い込んでしまった(今は反省している)このアルバムを紹介。

DESTRUCTION~ROCK MEETS STRINGS~
by  Morgaua QuartetCd20morgaua

ショスタコーヴィッチなどを専門とする今でも現役バリバリの実力派弦楽四重奏団が何を思ったかロックのカヴァー(しかもプログレがメイン)を試みたアルバム。

安易な企画ものと思うなかれ、メンバーやスタッフは本気(マジ)だ。曲目を載せておこう。

アトム・ハーツ・クラブ・クァルテット(吉松 隆)

レッド・ツェッペリンに導かれて(長生 淳)

イエス・ストーリー(編曲:佐橋 俊彦)
1.ラウンド・アバウト 2.ロング・ディスタンス・ラン・アラウンド 3.シベリアン・カントゥルー

キング・クリムゾンの肖像(編曲:荒井英治)
1.レディース・オブ・ザ・ロード 2.太陽と戦慄パート1 3.21世紀の精神異常者

この選曲で興味を持たないプログレ・ファンはいないと思う。私も偶然クラシック売場で発見したことが購入のきっかけだった。しかし、当時は室内弦楽系は苦手(音が薄く高音がきついイメージがあった)だったこともあり、一度聴いただけで分かった気になっていたのだ。室内楽のアンサンブルの面白さが分かってきたこの年齢になって再びめぐり合えたことが逆に良かったのかもしれない。これ、単なるカヴァー作品ではなく、オリジナルの音楽作品としても完成度が高い。原曲を知らなくても純粋に室内楽曲として楽しめると思う。いや、原曲のとんでもない普遍性が際立つという事か。

しかし、『太陽と戦慄part2』じゃなくて『part1』(このアルバムのベスト・トラック)を取り上げるセンスがいいねぇ。『ロング・ディスタンス・ラン・アラウンド』は最初から弦楽四重奏曲として書かれたようなハマり具合だし、『シベリアン・カントゥルー』もツボを押さえた選曲だ。プログレの象徴的なリフやメロディが織り込まれた『アトム・ハーツ・クラブ・クァルテット』、ZEPのプログレ的側面を活かした『レッド・ツェッペリンに導かれて』、とにかく全曲聴きどころ満載、ちゃんとロック的なメリハリと躍動感があるところも良い。メロディやテク重視の「プログレ=キーボード」に代表される器楽的発想ではなく、ちゃんとバンド・サウンドとしての魅力を理解しているところが成功の要因だろう。

カルテットの最近の活動は、本来のクラシック曲が中心(当たり前か)なのだが、数年前に斉藤ネコと伴にプログレ曲だけの演奏会も行っている。その時は新たにジェネシス・ナンバーやフロイドの『マネー』なども演奏したらしい。くそー行きたかったなぁ。

このCD、残念ながら現時点で廃盤のようで、amazonの中古でも高い値が付いているようです。とりあえず載せておきます。

 

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2008年10月15日 (水)

レコード・コレクターズ増刊             「ビートルズ名曲ベスト100」

レココレ紙上で7~9月号に渡って特集されたビートルズ名曲ベストが、読者投票など新たに手を加えられ増刊号として刊行された。B100bsrgb72500tmp

団塊の世代に向けられたこれ見よがしの懐古趣味ではなく、さすがレココレ、時空を超えた音楽的刺激に満ちた良い仕上がりだ。おかげで、8年前の引っ越し以来そのままだった段ボールの中から手許に置いていなかったビートルズのCD(初期・後期)を探し出す羽目になった。

来日時の社会的騒動(テレビ放送は家族で観た)や有名曲は知っていたとはいえ、リアルタイムで意識し始めたのは68年頃だった。たぶんテレビで放映された『ハロー・グッドバイ』がきっかけだったと思う。

個人的名曲ベストはもう少し考えてから発表するが、ここでは最も好きなアルバムの事を思い出すまま書く。Fa7346020ea0ba6c206e8110_l

ホワイト・アルバム」との記念すべき初遭遇は友人の持っていた日本盤2枚組レコードだった。購入したばかりの知人は貸し渋ったが、一晩だけという条件で、私が所持していた「ベガーズ・バンケット」か「クリームの素晴らしき世界(ライヴ盤)」と交換して借りた記憶がある。その頃の私はそれまでのポップスとは違う新しいロックの流れに興味が向いていた事もあり、ビートルズは既に旧世代のバンドというイメージがあった。

ところがどうだ、この2枚組の雑多でありながら音楽的で濃密な世界は!一曲たりとも疎かに聴けないではないか。聞きかじりで頭でっかちなロックの概念なんて軽く吹っ飛ぶ衝撃だった。ぶれない軸(個性)があれば「なんでもあり」こそロックなのだ。そうでなければ『レボルーション 9』と『グッド・ナイト』のとんでもない落差の説明がつかない(後年、2曲ともジョンの作品と知った時はちょっと興奮した)。当時の私がはっきりと自覚していたわけではないが、自分のその後の音楽生活における雑食性に大きな影響を与えたのは間違いない(おかげで、ビートルズだけが特別な存在ではないことになるのだが)。

2枚組全て聴き終えた時は精神的に消耗しグッタリきた。気軽に録音できる環境ではなかった事もあり、一回聴いただけで細部まで記憶する覚悟で集中し音楽を聴いた時代だったのだ(後年、再びアルバムを聴いた時、細部にわたって記憶の通りだったことに自分でも驚いた。この努力を勉学に役立てておけば・・・)。その日は2回目を聴くだけのパワーは残っておらず、次の日、未練を残しながら友人に返却したのだった。

正直にいってしまえば、自分でビートルズのアルバムを積極的に所持し聴くようになったのは80年代のCD化以降である。それまで聴いてはいたがほんの一部(「サージェント~」前後)を除いて自分で所持することはなかった。しかし、それが逆に良かったのかもしれない。ロック、ソウル、ジャズ、新しい物、古い物などなど多様な音楽に触れてきた自分の耳にビートルズの音楽が宝の山(もしくは、汲めども尽きぬ泉、豊潤な大地、なんでも可)のように感じられたからだ。必要以上の思い入れを待たずに、純粋に音楽の魅力だけを楽しむことができたのだ。

中でもこの「ホワイト・アルバム」は特別な存在になった。集団でありながら個でもあるバンドの魅力をグッと濃縮したような音楽宇宙。無意識が生み出す「混沌」というというコンセプト。「ここまで」と「ここから」―ロックの歴史の分水嶺(どんな時代、どんな個人史においても適用可)。未だに、聴く度に自分の感性が上書き更新される気がする。決してリセットではないのだ。だからこのアルバムだけはいつでも聴けるように手の届くところに置いてあった。

という事で、今夜久しぶりにビートルズを聴いてみよう。

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2008年10月14日 (火)

ブレードランナー ファイナル・カット Blu-ray版

82年の公開時に観て以来、その初見時の感動を再び味わうべく、あらゆるフォーマットによる「ブレードランナー」を観てきた。それは輸入ビデオの劣悪なコピーだったり、高額な日本版ビデオだったり、レーザーディスクだったり、DVDだったり・・・クオリティーが上がればチャック、ヴァージョン違いが出ればチェック、と思えば随分と散財してきたもんだ(ハードも購入してきたわけだし)。ところが、観るたびに再確認や再発見は出来てもなかなか初見時の感動再びとはいかない。この作品を名作たらしめる重要な要素の一つであるビジュアルのインパクトが伝わってこないのだ。

そして現時点では究極のフォーマットであり最後のヴァージョンであろう「ブレードランナー ファイナル・カット Blu-ray版」を入手。これが大変素晴らしい。周辺ハードも揃えた甲斐があった。

ナレーションを排除、説明的演出を整理し、SFX用65㎜フィルムから手間暇掛けて丁寧にリストアされた「ファイナルカット」版は「再び」どころか「新た」な感動を私に与えてくれた。何と言っても細部まで拘りつくした「絵」が、かって劇場のスクリーンで観た時以上のクオリティーで我が家の居間で再現されることに素直に感激した。

あのシンプルなタイトル・クレジットに続いて始まる近未来都市俯瞰描写の圧倒的なイメージ。そして主人公と伴に巡る都市空間の猥雑さと下世話さ。ヴァンゲリスの秀逸な音楽と相まって、この暗く陰鬱な都市の持つ「悲しみ」や「孤独」までもが伝わってくるビジュアル世界。どんなに劣悪な環境であっても人間が生きている「匂い」があるのだ。だからこそ「人間になる」ためにレプリカントがこの都市に現れることに違和感を感じさせない。「悲しみ」や「孤独」を覚えることこそ人間としての目覚めなのだから。それは監督のイメージを100パーセント(もしくはそれ以上)再現することができ、映画作家としての感性も優れていた美術デザイン担当シド・ミードやダグラス・トランプルをはじめとする(アナログ)SFX職人達にしか為し得ない芸術的表現の極みだと思う。

もう何度か鑑賞してからストーリーや俳優の事を書こうかな。

次の観賞は監督のコメント付きで観てみよう。

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2008年10月13日 (月)

伊豆・富士周辺気の向くまま

沼津から西伊豆、三島に一泊して、箱根、富士、甲府、神奈川と、天気にも恵まれ快適な旅だった(帰りの渋滞も懸念していたほどひどくはなかった)。

芦ノ湖・箱根のスカイラインを走るとなぜか東宝映画を思い出す。昭和の匂いというか、高島忠夫や星由里子がスポーツ・カーで走っていそうな気がしてくるのだ(加山、植木でも可)。ゴジラとキング・コングが対決したのはどの辺だったけ、とかね。011

山梨県忍野村にある湧泉群「忍野八海(おしのはっかい)」を今回初めて訪ねたのだが、まるで別府の地獄巡りのような定番観光テイスト丸出しであった。普通に人々が生活している場にあるわけで、このように(土産物屋ら食事処やら駐車場やら)金がらみの思惑・欲望渦巻く下世話な展開になってしまうのはしょうがないことかもしれない(そんな人間界の真ん中から湧き出る泉の清らかな美しさが対照的)。定番観光も嫌いではないので、これはこれで楽しかった。041

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2008年10月11日 (土)

連休中

ちょっと小旅行。

帰ったらまた。

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2008年10月10日 (金)

中春こまわり君「痛い風・前編」 山上たつひこ

前・後編2回分の短期連載だった。やはり単行本用にもう一本という事情があったのか。どんな形にせよ山上の新作が読めることは嬉しい。

今回は、懐かしや、あべ先生だ。病気つながりで登場させるところは上手いなぁ。小学校の先生なんて実生活ではほとんど接点がなくなるから、ありきたりの同窓会設定しか思いつかないものだが、こまわりの痛風発症から病院、先生登場、飲み、西城君、波乱含みの引き、とテンポ良く展開、回想部分も整理され効果的だし、山上先生、ひょっとして絶好調?

次号が楽しみ。

あ、そうそう。ヤングアニマルの「ベルセルク」が次号から連載再会。広げに広げきった大風呂敷をどう畳むのか、これも楽しみ。でも、年内の単行本発売は無理かな。一年に一巻どころか隔年に一巻になってしまったら、俺の生きているうちに完結しないかも・・・それはいやだなぁ。

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2008年10月 8日 (水)

Perfume

この「ミュージック・マガジン」がまずかった。51lsjqhswjl__ss500_

楽曲はいいとは思っていたが、それまではメンバーの名さえ知らず比較的醒めた目で聴いていたのに、この号の特集で私の中の何かが決壊した。

周回遅れ(何周分だ?)も甚だしく、今さらとても公言できないと思っていたのだが、もうスッキリとカミングアウトしておきたい。

Perfume、大好き!

うおー恥ずかしー。何かを失った気もするが、得るものはそれより大きいという事で・・・iPodに音源のみならずビデオ・クリップも入れていることを白状しておく。

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2008年10月 7日 (火)

荒呼吸 1 松本英子

世間的には知名度が低いが気になる漫画家っているよね?

雑誌でサラッと読んだだけなのに絵のタッチや語り口が妙に記憶の底に残って、(その作家の名は覚えてなくても)別の作品に触れた時「ああこれこれ」ってすぐ思い出す、そんな漫画家が結構いるのだ。ただ残念な事に、名を覚えていないことも災いしてそのまま記憶の底へ沈みっぱなしになってしまうものも多い。だからその記憶をサルベージする為に絵柄の確認が一目で出来る書店の平積み陳列は入念にチェックするようにしている。当たり外れはあるにせよ、単行本中心のマンガ読みにとっては、この作戦は思わぬ成果を上げることがあるのだ。特に、新作やヒット作だけでなく担当者の(癖のある)こだわりが反映したセレクトによる平積み展開がある大型書店は新しい発見が多く重宝する(それは漫画に限らず他の書籍でもそうなのだが最近の大型書店は本探しが楽しい)。

そんな手段で購入した一冊516y2efqpyl__ss500_

特集地域によっては購読していた月刊誌「散歩の達人」(以下散達)に若干の異物感を感じさせるルポ漫画を連載していたころから気になっていた。額に「」の字を付けた本人キャラのインパクトもさることながら、その邪悪そうな眼差しから生まれるエグ味を忍ばせたルポの内容が、ともすれば地元よいしょに終始しがちな散達の特集記事に良いスパイスを与えていたのだ。

ルポやエッセイ(もしくは関連4コマ物)を専門とした漫画家は、だいぶ整理され住み分けされてきたとはいえ相変わらず数が多い。競争は厳しく、各自、差別化する為の営業努力を惜しんではいられない。作品の個性や魅力よりも(住み分けされた)題材が優先するようになる。突撃ルポで、子育てネタで、動物ネタで、病気ネタで、露悪/自虐ネタで・・・似たような題材ばかりになり、安易に(限定された)読み手の共感や興味に訴えるモノが増え、一般作品としての完成度は低くなる。繰り返し読むに耐える作品となるとほんの一握りだ。

たかが漫画にそこまで作家性を求めるかってことなのだが、非常に限定された条件の下でさえ抑えきれない個性が炸裂してしまう漫画家だっている。松本英子がまさにそうなのだ。

この「荒呼吸」にも、動物(猫)、病気、露悪、回想等と定番ネタばかり収められてはいるのだが、散達の連載に感じたエグ味が全編に漂っていて、不可思議な読後感を残す。それは残尿感というか、もう一度漫画の世界に入らないとスッキリしないという気分になるのだ。も微量なら薬になり(ホントか?)適度なエグ味は全体の味に奥行きを与える(根拠なしです)ということだし・・・中毒性があるかもしれない。散達の連載の単行本も今度購入してみようと思う。

収録作は、まさに選ばれし者の悲劇『露出魔』、一度は行きたいお狐さまバーが魅力の『稲荷』、人間心理の不思議さに到達する『パニック発作』、人間観察に持ち味発揮の『立ち呑み』(真の自由人に笑った)、猫好きにとってはズルイとしか言えない至福が羨ましい『』など・・・「絵」は決して上手くはないし癖もあるけど面白いことは間違いないぞ。

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2008年10月 6日 (月)

緒形 拳 死去

71歳。

最近もCM等で活躍していたし、そんな前兆は感じなかった。いや、確かに「風林火山」の宇佐美定満役では、少し衰えたかという印象を持った。以前のギラギラした存在感が無くなっていたのだ。ただこれは役柄上、メイン(長尾景虎、そうGacktです)を立てるための演技プランに基づくものだと理解していたのだが、ひょっとしたらその頃から体調の変化があったのかもしれない。

訃報に接して真っ先に思い出したのは、大河ドラマ「太閤記」(1965年)でのサル役だ。まだ戦国時代の基本的知識も無かった小学生の私にさえ圧倒的に面白いと思わせる作品だったのだが、何と言っても高橋幸治の信長、佐藤慶の光秀、そして緒形拳の秀吉というキャスティングが良かった。三者三様、若手とはいえ実力ある演技力で歴史上の人物にドラマを超えたリアリティを与えていた。中でも単なる善人ではない屈折した部分も持つ人間味ある秀吉像は(テレビ的には)新人であった緒方の人気を決定的なものにした。

・・・思い出してきた。映画「鬼畜」や「復讐するは我にあり」での演技や「必殺仕掛人」の藤枝梅安役も強烈だった。。

性善説」よりも人間の本性は欲望的存在だという「性悪説」がこれほど似合う役者はいないと思う(後は三國連太郎ぐらいか)。

合掌。

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2008年10月 5日 (日)

ちょっと宇宙に行ってくる

素晴らしい。

先ずは「上向き版」を観ていろいろと想像力を刺激された上で「下向き版」を体験すると感動がひとしおです。もちろん非コメント推奨。

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2008年10月 4日 (土)

「人間椅子」強化月間

Top_promotion 遅れてきたファンの俺が言うのも何だが、人間椅子があまりに評価低過ぎの為、カッときて今月を強化月間とすることにした。その内容は個人的に毎日アルバム一枚はじっくり聴き込むとか、ネット上の動画のカウント数をチェックするとか・・・これは、いつもとあまり変わらない気もするな。

それにしても、雑誌や書籍の日本のロック史や定番アーティスト/アルバムの紹介の記事などでの完全な無視ぶりは非常に残念だ。幸か不幸か唯一全国区で名が知られたのが「イカ天」だったことで、どうしてもイロモノ扱いされてしまうのだろうか。実際にほとんど聴いこともないのに、「無関心」の箱に入れてしまう(「保留」の箱ですらないのがサミシイ)。自分もそうだったが、「東北」「サバス」「ねずみ男」等の限られた情報のイメージでもう分かった気になってしまうのだ。

ただ、長年に渡って音楽(ロック)に興味を持ち続けていれば、何処で彼らとの接点が生まれることもある。俺の場合は、10年以上前ギタリスト和嶋がギター専門誌で執筆していたコラムがそうだった。時に「笑い」をもたらす軽妙な文章や、適格かつ分かり易い奏法解説、そこに評論家的ではないロックに対する純粋な「愛情」を感じ(まぁ、これは好きなアーティスト/ジャンルが自分の好みとかぶるという事もあったのだが)、興味を持つようになったのだ。とはいえ、ネットやレンタルなど今ほど手軽に視聴できる環境もなく、その後みうらじゅんとの「とんまつり」での出会い等はあったが、なんとか「無関心」から「保留」(但し優先順位は上位)の箱に移った程度だった。

それが今のネット環境のおかげで関心・興味さえ持てば手軽に対象とアクセスできる時代になったということが、自分の人間椅子に対する興味を加速させた。特に「ロックは動いてナンボ」ではないが、ネット上で観ることが出来た動画での彼らの実際の演奏の実力と魅力は自分の興味を絶対的なモノにして「保留」から「好感」(レベルは高)の箱へめでたく移動完了させたのだ。

そこで一つ紹介。プログレ関係の動画を探していて偶然辿り着いたこの動画が全ての始まりであった。

そのテクニックや実力については、ある程度の想像はついていたが、このカヴァーには驚いた。しかもこれが「彼ら」のテレビ番組「人間椅子倶楽部」の映像であることに更に驚いた。ローカルであるとはいえメイン番組があったとは!で、先ずはこの番組の動画を探し始めるところから俺の地獄(いや天国?)巡りがスタートしたのだった。

この面白すぎるカヴァー・コーナーからもう一曲。

地味に上手いというかハマりすぎである。ん、やっぱイロモノ系もありか?

今回はここまで。

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2008年10月 3日 (金)

大琳派展-継承と変奏-

いよいよ10月7日から開催される尾形光琳生誕350周年記念と銘打った特別展。ここのところヒットを連発している東京国立博物館の特別展企画だけに、今回もかなりの盛況が予想される。何たったて宗達光琳の2枚看板、それに誰もが知っている風神雷神図屏風(前回の「対決-巨匠たちの日本美術」での陳列も良い露払いをしているし)、何だかよく分からんがとりあえず行ってみようという人々も数多く押し寄せるだろう。でも、それでいいのだ。私だって最初は「歴史教科書に載っていたアレ」程度の知識から日本美術に興味を持った訳だし、実物を観ることによって何かが覚醒する人の確率が増えることは喜ばしいことだ。そして琳派には、それだけの魅力を備えた作品が多いのだ。

例によって期間中の展示入替えもあるそうで、また何回か足を運ぶことになるだろうな(この夏の「対決-巨匠たちの日本美術」はその為に3回通った)。

宗達光琳それぞれによる風神雷神図屏風(今回も一部入れ替え陳列になる)。
俵屋宗達筆(10月28日~11月16日)Sotatsu_god00

尾形光琳筆(期間中常時)Korin_god00

他に酒井抱一筆(10月21日~11月16日)や鈴木其一筆(常時)も陳列される。

この平成館特別展示、来年春には興福寺創建1300年記念「国宝 阿修羅展」を予定しているらしいが、ほんと上手いところを突くもんだ。「国宝 薬師寺展」での斬新な陳列方法の記憶がいやでも期待を高めるではないか。

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2008年10月 2日 (木)

ストレンジ・デイズよりストレンジなのはストレンジ・デイズだけ?

ほぼ毎号購読していた音楽雑誌「ストレンジ・デイズ」がこの6月から休刊していてちょっと残念に思っていたのだが、今月に入ってリニューアル新装刊が出た。51dys2bynzkl__ss500__2

もともと、ビートルズ以降の「ポップ」という切り口からブリティッシュ・ロックを中心に(ストレンジな)音楽を紹介する雑誌であったが、その守備範囲は60年代、70年代の英国に限らず、時代や場所、ジャンルを超えて多岐にわたり、単なる資料的価値だけでなく新たな刺激を受ける特集も多かった(特にプログレ系の記事が多かったことも個人的にはお気に入りの理由だ)。

このような他の音楽雑誌と一線を画する編集方針は、岩本晃市郎という編集長であり発行人である男の「想い」から生まれたものだ。その精力的な仕事ぶりは本紙の編集だけではなく資料的価値の高い関連書籍の発行、歴史的名盤や貴重盤アルバムの復刻CD化(日本での紙ジャケ仕様の復刻ブームは彼の仕事が要因であるところも多い)、更にはイベント開催まで及ぶ、そう、はっきり言えはワンマンなのだけど、その自分の好きな信ずるものを多くの人に伝えたいというエネルギーと実行力には頭が下がる。

その岩本晃市郎が去年の暮れから体調を崩し闘病生活に入ってしまった。つまり、ストレンジ・デイズ岩本晃市郎であるから雑誌は継続不可能になった、ということだ(それでも6月の107号まで発行した)。だから、この3ヵ月ぶりのリニューアル新装刊は「岩本晃市郎無事帰還」ということであり、まずは目出度い。

さて、その新装刊「ストレンジ・デイズ」だが、うーむ、サイズがでかくなって却って探しにくいというのは慣れの問題であるにしても、ちょっと競合する雑誌との差別化が弱くなった気がする。特集も中途半端(表紙を飾るZEPがジャケット解説だけかよ)、「1968年」も個人史的視点(懐古趣味?)だけで語るのはいかがなものか、マニアックなイメージを極力排しタイムリーなものを狙って読者の裾野を広げようという意図もありそうだが、それって岩本晃市郎からだけの発案でないような・・・。その他の記事は継続されているものも多く、以前よりも読み易いレイアウトになった。なかでもCD&DVD REVIEWのコーナーはコラム・ページとのバランスが良く読み物として楽しめるものになって成功していると思う。いずれにしろ音楽雑誌としての基本部分は充実しているわけだし、過去のスタイルに囚われない柔軟な発想が上手く活かされた魅力的な表紙と巻頭特集が組まれれば新たな購買層を確保できそうだ。

岩本本人も編集後記で記しているが、リニューアルの真価は次号以降にはっきりしてくると思う。

ところで、俺は雑誌「大人のロック」が大嫌いだ。

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