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2008年9月15日 (月)

祭りの後は

地元の祭りに行ってきた。009

変わらないなぁ、子供の頃とほとんど。

東京の「祭り」は近郊都市に多い無害無臭のイベントとは違う。胡散臭く不衛生なテキヤの屋台、たむろする不良予備軍もしくはモドキ、普段は森という闇を抱えた神聖な場所である神社の境内が闇夜に明るく輝き異形の者どもを惹きつける(昔は異界そのものと言える見世物小屋もあった)。

大好きだった。子供が初めて知る、地域(大人たち)の建前ではない本音の姿―その闇をも含むハレの舞台は堪らなく刺激的で魅力的だった。それは人間の本能的な欲望に根ざす部分も多いため、思春期特に中学生あたりにとってはもう堪らん世界でもあった。

もうね、異性が普段の5割増しで「かっこ良かったり」「美しく見えたり」するのだ。特に法被姿や浴衣姿は・・・(遠い目)、テキヤの親爺のイカサマにはまり大金〈と言っても数百円だけど〉を失った悔しさは今でも忘れない、大人たちの喧嘩の壮絶さ、焼ソバのキャベツから出てきた青虫、その他いろいろ、いろいろ・・・

裏も表も含めての人間社会なんだ、という事を学ばせてもらったのだな、今思うと。

「祭り」の場でさえ「親子関係」優先の市民グループによるバザーに毛の生えた程度のイベントじゃ、子供は社会に出てから「それら」に触れるわけだ。たいへんそうだな。

昔ながらの「型ぬき」に熱くなる子供たち012

追記

住んでいるところは城南なのだけど、この辺は昔から祭りが盛んだ。以前は町工場がいくつもあり大小の商店街が多かった地域のせいもあるのかもしれない(要するに雑多な人々が混ざり合いながら生きていた地域だったのだ)。そんな癖の強い人々をまとめる祭りの世話役は法被の似合う粋なジジィ達だった。若いころはさぞや遊んだと思わせる良い面構えと姿だった。子供心にかっこいいと思ったものだ。背中に「墨」を入れていた人もいた。表も裏も知り尽くした人間でないと「祭り」など到底仕切れたものではなかったのだろう。

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