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2008年9月21日 (日)

浅草 電気ブラン

知人の誘いで浅草田原町の天婦羅屋で夕食を取った後、久しぶりに神谷バーに寄ってみた。もちろん、お目当ては「電気ブラン」。Dk

ブランデーをベースにした度数の高いこのカクテルは甘さを含んだ独特の味わいがあるのだが、癖になる後味がある。値段もリーズナブルだし、ちびちび飲めば会話も弾む優れものだ。

神谷バーは何年ぶりになるか。最後は今はなき国際劇場でキング・クリムゾン初来日公演を観た1981年だから、四半世紀以上前か。

初めて行こうと思ったのは学生時代、30年以上前だ(歳をとるって事を改めて実感するな、記憶を語るのに普通に20年30年単位になってしまう)。それはあがた森魚の曲『電気ブラン』がきっかけだった。その頃、この曲を含むアルバム「乙女の儚夢」や2nd「噫無情(レ・ミゼラブル)」を毎日のように聴いていた。彼の作品を通して知った大正モダニズムに代表される日本独自のポップな感覚、それは極めて日本的な情緒性や世俗性を含みつつ洗練された(奇抜でもあったが)デザイン感覚も備えており非常に新鮮で魅力的だったのだ。だから、その象徴とも言える浅草の「電気ブラン」を試してみたくなるのは当然のことだった。

70年代前半の浅草は、今のように「下町情緒」を強調した観光地ではなく、(寂れつつはあったが)歴史ある歓楽街としての面影を色濃く残していた。六区には庶民的(エロ含む)な劇場や映画館が何件も残っていたし、新世界や仁丹塔そして国際劇場と浅草を象徴する建物や施設もまだ存在していた(今じゃ「花やしき」だけか)。神谷バーも改装以前の建物で、大人の世界の濃い臭いを漂わせていた。こりゃ入り難い。ロックかぶれの長髪・ジーンズ姿の我々が素直に受け入れられる雰囲気ではなさそうだなと、しばらく入口の前で逡巡したが、思い切って入ってしまえば極めて普通の応対だった(当たり前だ)。初めて試した「電気ブラン」は予想以上にアルコール度数が高く、酒と言えばビール程度(もしくはホワイトやレッドの水割り)のお子様大学生にとっては濃厚すぎた(というか俺は当時未成年じゃねぇか?)。それでも何とか一杯飲んで店を出た時、人生において一皮むけたような充実感があった、という記憶がある(本当か?)。

神谷バーオフィシャルページhttp://www.kamiya-bar.com/
店では「デンキブラン」とカタカナ表示のようだ。

あがた森魚の最高傑作は「噫無情(レ・ミゼラブル)」と思うが、どうか。

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