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2008年9月

2008年9月30日 (火)

大金星 黒田硫黄

2002年から2006年までの短編・中編を集めた作品集。7andy_07209176傾向としては「茄子」連作に近いか。

メビウス風小品『Schweitzer』、初期の筒井康隆作品を彷彿させる『居酒屋武装条例』、オチがじんわりと怖い『多田博士』等、相変わらずいい味出しているSF・ファンタジー系の作品群。

さらに、舞台が外国であろうと自転車競技であろうと黒田ワールドは黒田ワールドでしかない「なんちゃって」外人漫画『アンヘル』(『アンダルシアの夏』のスピンオフ?)。まぁ、これは外国が舞台に限らず、黒田が描く作品世界はどれもデビュー作『大日本天狗党絵詞』の世界からの地続きに思えるわけだが。

どの作品も、さすがの語り口で飽きさせない。また、「筆」系の道具を全面に使う事は少なくなったけれど、イイ感じに肩の力の抜けた(極めてマンガ的でもある)描線が読み手を疲れさせないのだ。

中でも一番のお薦め作品は中編『ミシ』。

主人公(モテない男)の前に現れるのは、キレイなねぇちゃん、じゃなくて、異形の生き物「ミシ」。これの造形が、何と言うか、なまはげに動物の身体(マントヒヒ系?)を掛け合わせてネコ系手足(尻の穴付き)を加えマンガ的デフォルメを施したようなデザインなのだ(しかもなまはげの顔は着脱可能なお面ときたもんだ)。その生き物はどうやら辺境未開の地のとある部族らしいのだが、どう見ても人間じゃありません。

で、そのミシがいろいろ(中略)あった末、お礼の意味でお世話になるであろうこの土地(たぶん日本)で喜ばれることをしようと考えるわけだが、それが見事な伏線回収で、思わず「こう来たか」と膝を打ってしまった。ブラックです。黒田硫黄は黒いです。

観念的になり過ぎない頃の筒井康隆の虚構名作群(『熊の木本線』『エロティック街道』…)と並びうる虚構漫画の傑作とここで言い切っておこう。

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2008年9月29日 (月)

サラリーマンNEO Season3 最終回

終わってしまった。記事にするほど思い入れの無かった番組ですら終わってしまうと寂しさを感じる番組改編期、好きな番組ならば尚更だ。またぜひ次のシーズンを期待したいものだ。

さて今シーズン、若干の出来不出来はあったとはいえ、総じて高いクオリティは保っていたと思う。長く続けば続くほど作る側の手間や苦労は倍増するのに、観る側は残酷なものでちょっと意に沿わないだけで「マンネリ」の一言で片付けてしまう。しかし番組のイメージと安定感をキープするためにはある種の定番化は避けられない。長期番組にはよくある問題だ。

NEOの場合はこの問題にどう対応したか。

定番コントの徹底した(居直りとも言える)ワン・パターン化。
準レギュラーの積極的活用(特に女性陣!)。
新レギュラーを中心にした新しい定番コント(「厚姫」、「雨の降る夜に」、他)

更に、単発コントの突き抜けた非日常性が良いスパイスになっていた(「カミングアウト」は最高だった)。

私がここで分析・解説してもしょうがないか。ここはぜひ、あるであろう特番で「コントを読む」をやって欲しいな。

最終回のコントについてもちょっと。

就活一直線」、これ好きなんだよね。いたんだよ、私の周辺にも。前の職場の先輩だったのだけど、某硬派大学応援団団長だった人が。その愛すべき人生不器用ぶりが思い出される。どうしているかな

セクスィー部長」。草刈正雄!極めて自然なのが凄い。ネット上でも誰かが書いていたが、岡田真澄が生きていたら「セクスィー社長」を演じて欲しかったね。

雨の降る夜に」。ある意味清々しい終わり方だった。金子さやかの幸薄そうなキャラが良い。良い女優じゃないか。しかしミュージシャンは儲かるのか。ここは池鉄の口から「役者」になると言わせて欲しかったかな。

スケバン欧愛留」「NYAO」。ほんと、また来年も会えるといいね、ですな。

ええねん」。ええねん。

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2008年9月28日 (日)

山上たつひこ「中春こまわり君」の事とか

何時まで経っても「中春こまわり君」の単行本が出ない。どーなってんだ?と思っていたら、ビッグコミックの次号予告のページに「人気シリーズ新章始動」の文字が。そーか、単行本にするには尺が足りなかったのか。短期連載とは明記していなかったが、長めの連載になるのかな、そんなことはないか。とりあえず、期待しよう。

ところでビッグコミックなのだが、実は苦手な作品(人情物、蘊蓄、ほのぼの等など)が多く定期的に購読してはいない。ただ、唯一いがらしみきおの「かむろば村へ」の先行きが気になる為、近所の中華屋でチェックはしている訳だ。この作品は恐ろしいぞ。地方共同体の閉塞感と狂気。良い人、まともな人が一人も出てこない(主人公でさえ社会不適応者として描かれる)。それでも普段は普通に暮らしている。だが、ひとたび歯車が狂い出すと・・・。極めて映画的というか、映画的記憶を呼び覚ます描写も多いのだが、作者は絶対映画化狙っているな。いや、映画を撮ってる気になってるのか。

ああ、そうだ、ビッグコミックでもう一つ、「ゴルゴ13」はいつどこで読んでも期待を裏切らない安定感が国宝級。進んで読みたいとは思わないが、読めば必ず楽しめる。何度か読んだエピソードにさえページを捲らせるマジックがある。病院の待合室、床屋、食べ物屋など備品として揃えている所が多いのもむべなるかな。基本だな。

ゴルゴは巻数が多く紹介しきれないので、代わりに『ゴルゴ13のうた』を含むこのアルバムを。

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2008年9月27日 (土)

シャッフルでゴー 11

iPodの内容を一部入れ替えた記念。

1曲目『HeartbreakerLed Zeppelin 1969年13d831e29fa0ea4742dc7110_l

そうなのだ。プラント参加決定の最新情報もあり、再来日公演の実現祈願ということでZEPのオリジナル・アルバムを全部入れたのだ。反省はしていない。

この曲は先ずブレイク部分でのギターソロが有名だし、リフもギター主体の印象があるが、実は主役はベースなのだ。イントロのギターとベースのユニゾンから一転、プラントの唄のバックでの地を這うようなベースのヘヴィなフレーズが曲全体のイメージを決定づけている。ギターはパワーコードによるアクセントだけだ。そしてギターソロの後のリズム・メインの怒涛の展開、ここから歌に戻るところが何度聴いても素晴らしい。アルバムだと、間髪を入れず次の『 Livin' lovin' maid (she's just a woman) 』が始まり、それがまたカッコいいのだが、

今回は、間髪を入れず、これが始まった。

2曲目『HappyThe Rolling StonesExile on Main St. 1972年8e2346020ea05423fb464110_l

イントロのギターがホントにもうキース以外の何物でもない。味があり過ぎるヴォーカルもこの2枚組LPの中では良いアクセントだった(2枚目の頭がこの曲なのだよ)。 

ライヴでもこのイントロは盛り上がる。でも歌が始まると、ホッと一息休憩タイム。スマン、キース。でも、ハッピーだよ。

アルバム自体は文句なしの傑作。そろそろストーンズ・レーベルの音源も再リマスターして欲しいぞ。

3曲目『ドギー&マギークラムボンBest51zpueo6j5l

やはり好きだわ、この声。

韻を踏んだ歌詞も楽しい。思わず口ずさんでしまうサビも良いねぇ。リズムの主体がピアノとドラムで、ベースが裏メロ当てたり、アクセント的だったり、自由に動くのが気持ち良い。最近のクラムボンにはこれがないのだよな。

今回はここまで。新たに入れた曲がほとんど出なかった。それもまた良し。

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2008年9月26日 (金)

SONGS 沢田研二 Part2          華やかさと強さ

実は放映直後にひとつ記事を書いた。

「はたしてジュリーはロックなのか」から始まり、GSの事、60年代末の自分(中学生)にとっての音楽体験と視聴環境(テレビ、ラジオ等)、70年代日本の音楽状況、ロックとメイク・・・話が脈絡なく広がり本筋からどんどん離れていって収集がつかなくなった。

第一、こんなに長いもの誰も読まない。それに、ここで使ってしまうには勿体ないネタが多すぎる、という事で削除決定。ここでは違う切り口で書く。

華やかさ

ロックでも芸能界的なそれとも違う沢田研二でしか持ち得ない「」。これは選ばれた人しか与えられない天性の素質だ。それが何か、なんとか言葉で説明しようと試みたが上手く表現できない。個人的な印象論では不完全なのだ。

そうか、今書きながら思いついたのだが、多面体の魅力、とでも言うのだろうか。一方からだけの光で輝くのではなく、多様な視点や想いによって違った輝きを見せる「」。ある人はそこにロックを感じ、ある人は理想の王子さまを重ね合わせる、あるいは80年代の輝きを思い出させ、団塊世代は彼に「夢」を見る(?)、等々。一人一人の視点や想いの集大成が沢田研二であり、それら全てに「輝き」で応える事が出来るのが彼の「」なのだ。

もちろん、それには彼のパーフォマンスの質が衰えていないことが絶対条件になる。近年ライヴに力を入れ積極的な音楽活動を行っているのも、自らに刺激を与え続けることで「」の維持を図ろうとしていることは明らかだ。それは単なる維持ではなく(若い頃と同じでは意味がないし、肉体的精神的にも無理だ)、更なる次元へ自らを高めようとする彼の意志であり強さなのだ。

強さ

はっきりと聴き手に届く「言葉」。伝えたい事が明確だからこそ、確信をもってを歌う。過去のヒット曲も、改めての世界が想像力を刺激し新鮮な印象を残す。それは新曲においてより顕著であった。過去を単なるノスタルジーとしてそこに逃げ込み今を投げ出すのではなく、今だからこそ、過去と向き合い今の自分の、いや、新たな始まりの糧とする強さ。この前向きな姿勢、見習わなくてならない。それは個人史に対してだけではなく、社会に対する沢田研二のスタンスでもある。

とここまで書いて、硬いなぁ、長いなぁ、まぁいいか。

要は、ジュリーはいつまでもカッコイイ、ということです、はい。」

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2008年9月24日 (水)

Mazerun3号@関内ストーミーマンデー2008.9.24

石渡明廣(g)、湊雅史(ds)、かわいしのぶ(b)008

今回は対バンがいた為、ワンセットのステージ。そのためか爆音部分は控えめで緩急を意識した選曲だった。とはいえ、このメンバーならではの太いうねりのあるリズムに、鋭さを見せつつ繊細で広がりのある音空間を作り出すギター(わかる?言葉で説明するのは難しいなぁ)が一体となった演奏は相変わらず魅力的だ。

見た目もクールな佇まいの石渡は、常に全体を意識したプレイをする。ソロも発想豊かで素晴らしいのだが、決して必要以上に出しゃばらない。バンド全体として出てくる音塊の質が優先される。テーマ→ソロ→テーマという単純な図式を目指さないジャズ・グループやオーケストラでその存在が重宝されるのが分かる。

本人が本当にクールかどうかは知らない001y

対バンはギタリスト松川純一郎率いるLow Blow

松川純一郎のプレイは、デガショー在籍時に何回か観ている(もう一人のギタリスト酒井泰三とのコンビは最高だった)。久しぶりだなぁ。ギターマガジンに執筆したりして講師になったしまったかと思っていた。

バンド自体はそれこそテーマ(うた)→ソロ→テーマ(うた)という単純なスタイルなのだが、ロック的なケレン味があって楽しめた。選曲がもろ60年代なのも良い。リズム・カッティングの妙技に観惚れてしまった。さすが教則本を出すだけのことはある。

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2008年9月23日 (火)

2008年9月23日 秋分の日

父の墓参りに行ってきた。002_2

秋空にぽっかりと浮かぶ雨雲ひとつ。青空侍?001a  

その後、大相撲秋場所観戦の為両国へ。003_2

「ハレ」の場としての相撲は生で観るに限る。取り組みが進むごとにじわじわと高揚感に包み込まれる場内。適度なアルコールもいい具合に相乗効果を生みだし、結びの一番は大いに盛り上がった。やはり横綱は絵になるなぁ。ドルジの欠場は残念だったけど。

ところで、このブログも一周年を迎えました。飽きっぽく根性無しの自分が良く続けたものだと思います。「ヒマだったんだろう」と言われればその通りなのだけど…

縁ある人も無い人も、ありがとうございました。

まだまだ続く。

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2008年9月22日 (月)

サラリーマンNEO Season3 #20

Mr.Takarada Theater -キレキレ-
なめてるよな -chapter3-

強気な事を言っていても、いざとなると権威に弱いサラリーマン人生。頭を下げる、へりくだる、必要ならば土下座する、長いものには巻かれるだよぉ、それもこれも「人生の処世術」と自分に納得させる。座右の銘は「優柔不断」「付和雷同」良く言えば「臨機応変」「臥薪嘗胆」「安全第一」・・・よく分からなくなってきた。

ま、そんなもんだ。

がんばれ川上くん -第三十一回「チャンス」-
テレビサラリーマン体操 -第17回「危機管理のできるサラリーマンになる体操」-

NEOの面白さの一つに「エロさ」があることを否定する男はおらんだろう。それも健康的な色気なんてものではなく妄想系のそれだ。エロ男爵の称号を持つ男沢村一樹、「川上君」シリーズでは封印していた妄想演技を全開放、面白すぎる。人妻原史奈も眼福眼福、ごちそうさま。サラリーマン体操も女性陣がゲストで出始めてから向かうべき方向が違ってきたな。これはこれで非常に癒されるわけだが。

厚姫 -第三回「姫、ご乱心」-

堀内敬子と中越典子の絶妙なやりとりが魅力のコントだったので、今回は人が多すぎて会話の妙が楽しめず残念。とはいえ、主な女性陣が揃えばそれはそれでOKなのだ。

こんなもんかな。来週で今シーズン終了、その後特番もいくつかあるようだ。http://www.nhk.or.jp/neo/

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2008年9月21日 (日)

浅草 電気ブラン

知人の誘いで浅草田原町の天婦羅屋で夕食を取った後、久しぶりに神谷バーに寄ってみた。もちろん、お目当ては「電気ブラン」。Dk

ブランデーをベースにした度数の高いこのカクテルは甘さを含んだ独特の味わいがあるのだが、癖になる後味がある。値段もリーズナブルだし、ちびちび飲めば会話も弾む優れものだ。

神谷バーは何年ぶりになるか。最後は今はなき国際劇場でキング・クリムゾン初来日公演を観た1981年だから、四半世紀以上前か。

初めて行こうと思ったのは学生時代、30年以上前だ(歳をとるって事を改めて実感するな、記憶を語るのに普通に20年30年単位になってしまう)。それはあがた森魚の曲『電気ブラン』がきっかけだった。その頃、この曲を含むアルバム「乙女の儚夢」や2nd「噫無情(レ・ミゼラブル)」を毎日のように聴いていた。彼の作品を通して知った大正モダニズムに代表される日本独自のポップな感覚、それは極めて日本的な情緒性や世俗性を含みつつ洗練された(奇抜でもあったが)デザイン感覚も備えており非常に新鮮で魅力的だったのだ。だから、その象徴とも言える浅草の「電気ブラン」を試してみたくなるのは当然のことだった。

70年代前半の浅草は、今のように「下町情緒」を強調した観光地ではなく、(寂れつつはあったが)歴史ある歓楽街としての面影を色濃く残していた。六区には庶民的(エロ含む)な劇場や映画館が何件も残っていたし、新世界や仁丹塔そして国際劇場と浅草を象徴する建物や施設もまだ存在していた(今じゃ「花やしき」だけか)。神谷バーも改装以前の建物で、大人の世界の濃い臭いを漂わせていた。こりゃ入り難い。ロックかぶれの長髪・ジーンズ姿の我々が素直に受け入れられる雰囲気ではなさそうだなと、しばらく入口の前で逡巡したが、思い切って入ってしまえば極めて普通の応対だった(当たり前だ)。初めて試した「電気ブラン」は予想以上にアルコール度数が高く、酒と言えばビール程度(もしくはホワイトやレッドの水割り)のお子様大学生にとっては濃厚すぎた(というか俺は当時未成年じゃねぇか?)。それでも何とか一杯飲んで店を出た時、人生において一皮むけたような充実感があった、という記憶がある(本当か?)。

神谷バーオフィシャルページhttp://www.kamiya-bar.com/
店では「デンキブラン」とカタカナ表示のようだ。

あがた森魚の最高傑作は「噫無情(レ・ミゼラブル)」と思うが、どうか。

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2008年9月20日 (土)

「ねぶた」、再び

品川区の池上線沿線にある中延商店街の「ねぶた」を見てきた。0427

「阿波踊り」や「よさこい」など地方の祭りが、地元活性化の目的で全く別の地域で催しされることが増えてきた昨今だが、青森の「ねぶた」も東京をはじめ全国で展開されるようになってきた。

この中延商店街の「ねぶた」も1992年から開催され、今年で10回目になる。

10年程前にこの祭りを見た時は、人出も少なく(ほとんど地元関係者だけだったのでは)、何と言うか、夏が終わった寂しさがさらに増すというか、他人の子供の工作の発表会を見せられているような居心地の悪さ覚えた記憶があり、それ以来近場でありながら積極的に見に行く気にはならなかった。が、今年の夏に青森のねぶたを見て以来「ねぶた」そのものに興味を覚えたこともあり、あまり期待をしなければ「そこそこ」楽しめるのではないかと見に行ったわけだ。056

これが思いのほか楽しめたのだ。

なかなか頑張っているではないか。これほど人出が多いとは思わなかった。「ねぶた」の数こそ少なく稚拙な部分もあったが、それでも作り手の気持ちが伝わり好ましかった。

無理をせず出来る範囲で最良のものを生み出す。ここ10年程の間にいろいろと試行錯誤を繰り返し、なんとか「祭り」としての体裁を整えようと関係者が努力してきたことが分かる大盛況ぶりだった。

なによりも子供のころから親しんでいる商店街にこれほど人が集まっているという事だけで夢のようだ。ホント驚いた。063

隣町の戸越商店街に比べると、バブル以降の落ち込みぶりが顕著な商店街であるだけに、この祭りが活性化に繋がってくれると良いが。なんてたってマックでさえ長くは続かない街だもんな。

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2008年9月19日 (金)

マダムギター長見順              “ギターマダム”

上から弾いても下から弾いても51tfhb6kbol__ss500__2 ギターマダムギター

ここ数年はコンスタントにCDを出し続け、気が付けば6枚目のオリジナル・アルバム。

ライヴ同様、スタジオでもハズレがないのが彼女のアーティスト・パワーの凄いところ。いや、むしろスタジオだからこそ(言葉がきちんと届くこともあり)彼女のユニークで破天荒な歌世界がくっきりと浮かびあがり、歌詞カード片手に聴けば倍楽しめるのだ。

今回のレコ発ツアーは東京がクアトロという事だが、いつもより大きい会場で更なる盛り上がりが期待できそうだ。まだまだ認知度は低いけど、体験すればかなりの確率で虜になる吸引力の高いライヴ・パフォーマンスは出来るだけ多くの人に観て欲しい。

ツアー詳細はこちらhttp://www.madamguitar.com/top/

アルバム収録曲の中で「パンチの効いたブルース」による曲が相変わらず豪快ですっとボケた内容でいい。なんだよ『SM東京』て、ちょっと期待してしまったではないか。おまけにSpecial Thanksに「SMスナイパー」ときた。先日俺がテリー・ボジオの記事で書いた固有名詞ではないか。妙なところでリンクしてちょっと嬉しい、と喜んでいいのか?

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2008年9月17日 (水)

SONGS 沢田研二 Part1

実はGRACEがドラムという事が一番の理由で鑑賞したのだが、予想以上に良かった。Part2の放映(9月24日)の後まとめて感想を書く。今回は一つ印象に残った事を記しておく。

沢田研二本人が詞を付けた「我が窮状」という曲。その主張に関しての賛否はともかく、よくぞ歌ったと思う。日本もそろそろ誰もが積極的に発言・行動して行かんと危ういぞ、という危機感が彼にそうさせたのだろう。有名人や社会的に認知度の高い人々なら尚更自らのスタンスを明らかにすべきという事だ。

こりゃ、本当にロックだな。

ちなみに、「窮状」=「九条」ね。

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2008年9月16日 (火)

要塞男テリー・ボジオ来日とザッパ「ズート・アリュアーズ 」のこと

テリー・ボジオを知ったのはその「音」より先に「顔」からだった。

41rq1mmc08l__aa240_ 俺が大学生の頃、洋楽美男子系ロック(主にグラムやハード・ロック)が三度の飯より好きという知り合いの女子高生がいた。その彼女が最近気になる男と見せてくれたのがザッパのアルバム「ズート・アリュアーズ」のジャケットに映る彼の姿と顔だった。むさい男だらけのバンドというイメージとは真逆のいい男達(のちのミッシング・パーソンズのメンバーでもあるパトリックオハーンとプログレ界の美少年エディージョブソン)を集めた中にあっても彼ボジオの存在感はずば抜けていた。

その頃はまだザッパの特別なファンでもなく、ましてや当時のメンバーの事などほとんど何の知識もなかった。何時の間にこんな小編成(なぜかザッパは大編成というイメージがあった)で若者ばかりのルックス重視のバンドになってしまったのか、困惑した記憶がある。

「音楽もすごく良いから、聴いてみて。できるだけ大きい音がいいよ」という彼女の言葉に従い家で大きめの音で聴いてみることにする。断っておくが、当時の日本家屋は音が筒抜けである。ま、それでも遠慮なく結構デカイ音を出していた。家族にもこの種の音に耐性があった。あきらめていたのかもしれないが。だいたいが隣近所の出す音もデカかった。テレビの音、ラジオの音、ステレオの音、車の出し入れ、アイドリング、更には食卓の音や夫婦喧嘩や子供の鳴き声、ネコの発情、くしゃみ、屁の音、キバる声、怪しい音から危ない音まで、もう周りはノイズだらけ。はっと気付けば誰かが聴き耳、今日も覘くよプライバシー、壁に目あり、障子に耳あり・・・キリがないので話をもとへ。

で、弘子(件の女子高生、仮名)から借りた「ズート・アリュアーズ」をさっそくデカイ音で聴いてみる。フムフムなかなか良いねぇ。2曲目ギターソロの曲だ。日本公演時の録音か、タイトルが『ブラック・ナプキン』て、スゴイな、弘子(仮名)はどう思ったのかな?(ニヤニヤ)。ライナーノートを読みつつ程々に集中しながら聴き進む。

と、やられた。3曲目『拷問は果てしなく』で飛び出す女のよがり声。謀られたか!あわてて音量を絞るが時すでに遅し。台所で食事の支度をしていた母親の気配が・・・直接顔を合わせていなくても逃げ出したいような空気が家に満ちる。母親は気がつかなくても、(半ば自慢げに)大音量で聴かせていた隣近所にはが届いてしまったかも知れない。こ、これは気まずい、恥ずかしい。そうです私は隣の変態息子です。明るいうちからヘンな事して、全くご近所の恥さらしです。そうです友だちの家の秘密の隠し場所からSMスナイパーを盗んだのは私です。山手線を降りるときちょっと前かがみになったこともある私です。許して下さい、許して下さい・・・

とてつもなく長く感じた一瞬ののち、気が付けばいつもと同じ風景と音の世界。恐る恐る音量を上げれば・・・まだよがってるし。仕方なくそこからはヘッドフォンで聴いたが今一つ集中できなかった(当時の安物のヘッドフォンは音も悪いし締め付けがきつくて痛いのだよ)。その後食事の時に母親から「良ちゃん(俺、仮名)、あまり変なレコードかけないでね」と軽くダメだしされた。反論はあえてしなかった。

その後、このアルバムは俺のザッパ体験史の中でも重要な作品なるのだが(キャプテン・ビーフハートとの初めての出会いでもあった)、それはもう少し後の話。ただ、ロック喫茶で嫌がらせのように『拷問は果てしなく』を含むこのアルバムのA面をリクエストすることは何回かあったけどね。

後日、弘子(仮名)にアルバムを返す時、彼女は笑っていた。

えー、それでポジオなのだが、11月に日本公演がある(何度目だ?)。今回もドラム・パフォーマンスがメインだが、単独ではなく共演者がいる。地方公演をメインに何日かに分けて組まれるプログラムは、同じドラムのビリー・コブハムや日本の神保彰とのデュオやトレイ・ガン(スティック)パット・マステーロ(d)との変則的なトリオなどいずれも興味深い組み合だ。そして俺が行く東京公演は、なんと!ゲストとしてアラン・ホールズワースが参加するのだ。これはありそうでなかった組み合わせだと思うが、あったけ?それはともかく、スケジュールの都合でトレイ・ガンの代わりにトニー・レヴィンがスティック担当という事で願ったり叶ったり!これは楽しみだ。

詳細はこちらhttp://www.marquee.co.jp/world_disque/ticket.htm

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2008年9月15日 (月)

祭りの後は

地元の祭りに行ってきた。009

変わらないなぁ、子供の頃とほとんど。

東京の「祭り」は近郊都市に多い無害無臭のイベントとは違う。胡散臭く不衛生なテキヤの屋台、たむろする不良予備軍もしくはモドキ、普段は森という闇を抱えた神聖な場所である神社の境内が闇夜に明るく輝き異形の者どもを惹きつける(昔は異界そのものと言える見世物小屋もあった)。

大好きだった。子供が初めて知る、地域(大人たち)の建前ではない本音の姿―その闇をも含むハレの舞台は堪らなく刺激的で魅力的だった。それは人間の本能的な欲望に根ざす部分も多いため、思春期特に中学生あたりにとってはもう堪らん世界でもあった。

もうね、異性が普段の5割増しで「かっこ良かったり」「美しく見えたり」するのだ。特に法被姿や浴衣姿は・・・(遠い目)、テキヤの親爺のイカサマにはまり大金〈と言っても数百円だけど〉を失った悔しさは今でも忘れない、大人たちの喧嘩の壮絶さ、焼ソバのキャベツから出てきた青虫、その他いろいろ、いろいろ・・・

裏も表も含めての人間社会なんだ、という事を学ばせてもらったのだな、今思うと。

「祭り」の場でさえ「親子関係」優先の市民グループによるバザーに毛の生えた程度のイベントじゃ、子供は社会に出てから「それら」に触れるわけだ。たいへんそうだな。

昔ながらの「型ぬき」に熱くなる子供たち012

追記

住んでいるところは城南なのだけど、この辺は昔から祭りが盛んだ。以前は町工場がいくつもあり大小の商店街が多かった地域のせいもあるのかもしれない(要するに雑多な人々が混ざり合いながら生きていた地域だったのだ)。そんな癖の強い人々をまとめる祭りの世話役は法被の似合う粋なジジィ達だった。若いころはさぞや遊んだと思わせる良い面構えと姿だった。子供心にかっこいいと思ったものだ。背中に「墨」を入れていた人もいた。表も裏も知り尽くした人間でないと「祭り」など到底仕切れたものではなかったのだろう。

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2008年9月14日 (日)

サラリーマンNEO Season3 #19

とんでもないもの、見せてもらえた。

呑み屋のお通し的な「サラリーマンOLD」でなかなか良い滑り出し、これは期待できるかなと思ったところで、理解不能の変態キャラクターが日常(あるある系)コントの予定調和を掻き乱す「変な感じの係長」。そして苦味の効いたサラリーマン・スケッチ「当てるから」でお口直し。

そしてメインは川魚の煮込―「世界の社食から」はベトナムの菓子工場。近代都市型企業(本社)の社食はどこも似たようなもので高級感とかサービス度とかでの差別化しかできないけど、どこの国も生産現場の社食は民族色が強くなって面白い。近しい存在(同朋)であるはずのアジア系の食生活の方が欧米のそれより異文化性を強く感じる。ここで日本のアジア外交やグローバリゼーションについて論ずることは野暮だけど、いろいろ思う事はあるな。

アットホームでバブリーな80年代風デザート「喫茶80’s」とちょっぴり大人の風味「NYAO -若者よ、旅に出よう!-」でハッピーな後味を楽しんだ後、出ました、とんでもないもう一品「カミングアウト」。

これは人によっては受け付けなかったり腹にもたるかもしれないが、個人的には今季1,2を争う出来ではないかと思う。「」で始まり、後は「」「」「」・・・最後まで「」、その度に状況はエスカレートし遂には非日常から「宇宙」へとワープしていく。好きだなぁ、こういう展開。

これは一回しか使えない大技ではあるが、ひょっとしてこの先「もっととんでもないもの」を期待して良いのかな。NEOなら・・・期待しても大丈夫そうだ。あと2回だし、やっちゃえ!やっちゃえ!俺は許す(ちゃんと受診料払っているし)。

あ、そうだ。毎回選曲のセンスが抜群、これは言っておきたかった。

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2008年9月13日 (土)

ロックは動いてナンボ 5        復活ZEPのツアーはあるのか?

6月にロンドンで行われたフーファイターズのライヴにペイジジョンジーがゲストで参加。アンコール時の登場であったが熱狂的に迎えられ、デイヴ・グロールがドラム(!)テイラー・ホーキンスがヴォーカル(!!)という布陣でレッド・ツェッペリンのナンバー「ロックン・ロール」と「ランブル・オン」を演奏した。

ジョンジーとの仲直りが一時的なモノではなさそうなのが復活ツアーへの期待を持たせてくれて嬉しい(ペイジのハシャギぶりはガチ)。後はプラントのスケジュールだけだが、彼は最近のソロ活動が充実しているだけに難しいかなぁ。

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2008年9月11日 (木)

ネコを見る俺もネコなのか?

スマン、ネコ動画が続くが勘弁してくれ。だって可愛いし・・・

これは映像作品としてもレベルが高いと思う。

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2008年9月10日 (水)

KURAGE TRAVOLTA 2008 シノブサン、ジュウナナサイの遊園地   @下北沢440 2008.9.10

かわいしのぶ外山明柳原陽一郎柴草玲(全員 うたと楽器)、guest:ケリー・チュルコ(g)002

写真にご本人がほとんど写っていなくて申し訳ないのだが、このライヴはベーシストかわいしのぶのバースデイ・イベントだった。自称17歳という事だが真偽のほどはわからない(ということにしておく)。

バッキングがメインのベーシストでありながら、いつでもどこでも独特の強い存在感を印象付けるかわいしのぶ。それが確かなテクに裏付けされたベース・プレイにもよるものであることはもちろんだが、そのプレイと同じようにユニークではあるが堅実でしかも力みがない人柄によることも大きい(スーパージャンキーモンキー時代から眼が離せない不思議な魅力を放っていた)。その人柄は彼女にジャンルを超えた人脈をもたらし、今回も(類は仲間を呼ぶ?)非常にアクの強い実力派のミュージシャンが集まり、アバンギャルドから歌謡ポップス風まで楽しく圧倒的なプロのライヴ(芸)を見せてくれた。ホント、楽しかった。

あらためて、おめでとうございます、かわいしのぶさん(仮17歳)

追記)

帰宅部(かわいしのぶ、外山明、柳原陽一郎、柴草玲)はスゴイ。柴草玲と柳原陽一郎の男女の本音丸出しのからみは素晴らしい。後方から「家政婦は見た」のように客観的に眺めているかわいしのぶも最高だ。一人でポリリズムしちゃう外山明のドラムは相変わらず鬼だ。

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2008年9月 9日 (火)

ネコ動画で腹筋崩壊

「ネコ」が好きだとは以前書いた。

猫の魅力は「狩り」に特化した機能美やしなやかで優雅なフォルムとモーションにもあるが、何と言っても、「遊び」に対する真剣さとマヌケぶりではないかな。人が一緒に遊ぶことで猫に「遊び」仲間として認識してもらえる(じゃなければ人はただのエサ供給機だ)、だから我々も真剣に(傍から見ればマヌケ)その「遊び」に付き合う、それが猫好きにはえらく楽しいのだ。

そして猫の遊びに対する真剣さとそのマヌケぶりは、こちらの予想の遥か上を行くことがある。

以下、個人的にツボにはまった動画をいくつか、一回目の観賞は非コメント推奨

「猫」は和むよねー。人気のネコ動画をまとめた一本を最後に紹介

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2008年9月 8日 (月)

江戸の想像力

先日放送されたNHKスペシャル「よみがえる浮世絵の日本」はボストン美術館に秘蔵されている「スポルディングコレクション」を紹介する内容だったのだが、色鮮やかに保存された浮世絵は、見慣れた作品のイメージを一変させるほどのインパクトがあった。

この放送の中で春信のカタログの一部が画面に映るシーンがあって、以前から気になっていた春信の浮世絵があるかどうか、(このコレクションは公開や展示が禁じられていて直接目にする事は出来ないのだが)この機会を逃してなるかと眼を皿のようにして注視した。

あったー!

清水の舞台より飛ぶ美人Haru_2

初めての出会いは1986年に刊行された田中優子の名著「江戸の想像力」の表紙の図案であった。その時の驚きは今でも忘れない。

恋の成就の為に思いつめた娘が清水寺の舞台から飛び降りる ― 本来は悲壮感あふれる場面であるはずなのに、この夢の中のような浮遊感は何だ?現代人の我々がこの浮世絵から受ける幻想的なイメージは春信が狙ったものと同じなのか?当時の大衆はこの浮世絵に何を求め何を感じたのか?

この本「江戸の想像力」の知的好奇心を刺激する内容と相まって、江戸時代の人々の感性にがぜん興味を持つようになった。それは、浮世絵の作り手だけではなく、それを求め、受け入れ、楽しむ、江戸の人々の生活や文化そのものに対する興味へと向かっていった。

最終的にその好奇心は日本美術全体への興味に辿り着くのだが、それはまた別の話で。

もちろん「スポルディングコレクション」は含まれないが、「ボストン美術館 浮世絵名品展」が10月7日(火)~11月30日(日)東京都江戸東京博物館で開催されるようだ。詳細はこちらhttp://www.edo-tokyo-museum.or.jp/kikaku/page/2008/1007/200810.html

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2008年9月 7日 (日)

サラリーマンNEO Season3 #18

今更だが、テンションのハイな人とロウな人の対比という設定が基本的なパターンなのだな。それは非常識と常識という単純なものではなく、常識人でさえも適度にネジが緩んでいるからこそコントとして成立する。これは道理が通用する世界ではなく「起承転結」的な展開は無理な話で、「起承転転」というか「起転転承」というか「投げっぱなし」のオチが多くなるのはしょうがない。作品の質が高い低いは物語的な「オチの秀越さ」ではないわけだ。では何か?

視線の先が観客に委ねられる舞台ならば役者や演出の良し悪しが全てだが、送り手が視線の先を決定するテレビでは「絵」としてのインパクトやテンポが作品の印象を決定的にする。

NEOには「セクスィー部長」の「如何わしさ」、「サラリーマン体操」の「胡散臭さ」、「大いなる新人」の「インチキ臭さ」等、画面から臭い立つようなインパクトがあった。

で、最近はどうだろう。オリンピック以後ちょっと低調な印象は否めないのだが・・・

決して役者や演出のレベルが下がったというわけではないのだが、「慣れ」とは恐ろしい物で、初期のインパクトの印象は薄まりワンパターンでマンネリという感想を生み出してしまう。時々、さすがと思わせる「絵」を見せる瞬間もあるが長くは続かない。やはりワンシーズを通してクオリティーを保ち続けるのは大変なことなのだろう。

とはいえ、今シーズンまだ残り3週あるわけで、きっととんでもないものを見せてもらえる期待もあるのだ。

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2008年9月 6日 (土)

こんな映画を観てきた 番外

ずーっとサボりまくりの映画関係の紹介・評論。

この半年、劇場公開やDVDなどで結構見てはいるのだけど、音楽関係ほど軽い気持ちで書けないのだ。主観が優先し抽象的表現でもOKな音楽と違って、映画は客観的かつ具体的な分析が必要になる。もちろん、「好き」「嫌い」という単純な感想でもかまわないのだけど、なかなかそう簡単に割り切れない。その理由を自分でも納得できるよう説明したいのだ。

近いうちに、観てきた映画をまとめて棚卸、個人的に良かった作品を中心にサクサク記事にしていくつもりです(ガンバリマス)。

「没後10年 黒澤明特集」関連も何とかしなければ、「七人に侍」まで放映されてしまったし。

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2008年9月 5日 (金)

the dokuros @渋谷屋根裏 2008.9.5

2004年の11月、初めて彼女たちのライヴに遭遇し強烈な印象を受けて以来、いつか再びライヴを観たいと思っていた。ところが活動の拠点が京都を中心とした関西方面という事もありなかなかタイミングが合わず観れる機会がなかった。

Recohatsuol今回は4thアルバム「遅い昼食」発売に合わせてのツアーという事で、BO GUMBO 3(ボガンボ・スリー)/ うつみようこGROUP(うつみようこ、G:鈴木純也、Ba:調先人、Dr:啓介)というベテランを前座に渋谷屋根裏にトリで登場。期待通りユニークな世界を楽しませてもらった。しかしツアー名が・・・

Athumb_4

the dokuros  ― どんなバンドか?と聞かれても説明が難しい。外ではハイテンションの女子が仲間内や日常で見せるローテンションなノリってあるよね。不機嫌そうな顔でグダグダな感じ、アレがそのまま「音」になっているというか・・・ まぁ、この3rdアルバム「ドアの裏」のジャケを見てくれ。 CD帯に寄せているうつみようこのコメント『このだらー、ねとーとした空気感は野郎には無理だな』が全てを語っていると思う。

興味があればぜひバンドの公式サイトへ、音も聴ける。http://dokuros.hippy.jp/

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2008年9月 3日 (水)

歩く

とにかく歩く。旅先でも基本は「歩き」だ。初めての場所でも漠然と目的地のアタリをつけて歩く。地図はほとんど見ない。迷う事も旅の一部だ。見知った街でもいつもと違う角を曲がるだけで新鮮な気分になれる。当たり前と思っている風景が姿を変えて見えてくる。自らがアクティヴである限り日常にも刺激は溢れているのだ。

小石川植物園045a_3

小石川から根津へ抜け、上野池之端、もしくは谷中、日暮里へ。上野か谷中辺りの蕎麦屋で板わさ肴に酒を飲み蕎麦をたぐる昼下がり・・・これが幸せなのだよ。結局メタボ解消にはならんわな。

根津権現060神社

上野動物園象舎073

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2008年9月 2日 (火)

サラリーマンNEO Season3 #17

オリンピックを挟んで3週間ぶりのNEO。

前回がえらく濃かったせいか今回のコントは全体にあっさり味。何時も鬱陶しい川上君の壊れっぷりでさえ、今回はまともに見える(理由が理由だからね)。金子さやかのガチンコぶりが非常に嬉しいサラリーマン体操が圧倒的で、他の印象が薄くなってしまったのかな。

入江雅人がいなかったのも残念。どんなシーンに登場してもそこはかとなくインチキ臭さを醸し出す演技が好きなんだよね。

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2008年9月 1日 (月)

逃げる福田さん

これはひどい。

内政・外政、相変わらずの己の利権確保と事無かれ主義の官僚主導、政府が一度として強力なリーダーシップを発揮することはなかった。いやむしろ、同じ穴のムジナという事か。

今回の退陣も、国民に対するけじめというより「自民党内の事情」優先なのが丸見えで、いったい誰の何の為の政治なのかと、主体は国民じゃないのかよ、解散・総選挙というのが本来の筋道のはずだろ。

今、内政特に経済面は外交なくしては成り立たない。国を代表する「顔」が不在ってのはまずいだろ。一般人が外交の進捗や成果を実感するのは各国のリーダー「顔」の行動においてだ。アメリカといったらブッシュの「顔」なのだ。日本はどうよ・・・て、不在でもそんなに変わらないのか、情けねぇ。海外の報道も近隣国以外はほとんど無関心らしいし。

ところで、この唐突な退陣表明における「自民党内の事情」だが、太田誠一農水相の事務所費問題以上の不祥事が発覚直前だったりする可能性もありそうだし、もちろん麻生の野望も腹黒く蠢いているかもしれないが、オリンピック後の各メディアにとっては願ってもいないおいしいネタであることは間違いない。ドラマチックにハシャグばかりではなく、事の本質を冷静に的確に報道して欲しい。福田個人の事情や人間ドラマはどうでも良い、伝えるべきは政治の行方だ。そこに国民の意思が反映されているかどうかだ。

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