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2008年5月

2008年5月31日 (土)

キミ犯人じゃないよね? 第8話

まあ、毎週観ていることは観ているのだが、本当にストーリーはどうでもいいドラマだ。

ただただ俳優の表情とか動きとかバカバカしいセリフとかキャラの立ち方を楽しむ作品なのだ。女優の場合はこれに色気が…編集者役の小川奈那とか…貫地谷しほりは微妙かな。その意味では今回ゲスト女優は個人的にはいまいちだった。その代り、「ささやきVS.太宰」が堪能できたので良しとする。本当に食べちゃうささやき、恐るべし。リアルでいるんだろうなこんな男性俳優、しほりちゃんも気をつけて下さい。

ところであと2週という事だけど、どうでもいいとはいえ、主人公にフラッシュバックで甦る事件のような記憶の断片にどう決着をつけるのか?案外本当にどうでも良いことだったりして。どう考えてもここまで来ていきなりシリアスな展開はありえないしね。

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2008年5月30日 (金)

この二日間

柏崎に住む父方の伯父が急に亡くなり葬儀に参列してきた。

歳を重ねていくと「死」が次第に日常的・現実的な事象になっていく。それにつれて、「死」に対する思いも客観や主観が複雑に混ざり合いより重いものになる。特に肉親の「死」は己の死生観に大きな影響を及ぼす。去年の父の「死」が自分に深い影を落としている事を、今回の伯父の葬儀に参列したことで強く実感した。

しかし今更ながら、親族の「血」の繋がりや「人の縁」の強さを思い知らされた葬儀ではあった。久々に会う親戚や初対面の方ばかりなのに居心地が良いのだ。東京の母方の親族が祖母を中心に結束していたころの親戚付き合い以来、今まで随分と長い間忘れていた懐かしい感覚が蘇った。

歳をとったのかな。「孤独」は嫌いじゃない、むしろ一人の時間があるからこそ「社会」とも上手く付き合っていけると思っているし、寂しさを感じることもない。でも、何というか、確かな拠り所を求めている自分もいることに少し困惑したのだ。うーむ。

結論)親戚付き合いは大事にしよう

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2008年5月28日 (水)

漫画ノート いしかわじゅん

Front_2 前作『マンガの時間』には感謝している。何と言っても『ベルセルク』の存在を教えてくれたからだ。

いしかわじゅんの文章もその内容も決して好きな訳ではない(中には反発を覚えるものさえある )。でもここには漫画文化に対する「愛情」がある。だから不快感は感じさせない。

コラムを集めたような本だから、文章も短く簡潔なものがほとんどでサクサク読めるし、拾い読みにもちょうど良い。という事で我が家ではトイレの常備品だ。言ってみれば文章の四コマ漫画みたいなものか。

ちなみに、俺のトイレ漫画の定番はいしいひさいち唐沢なをきの作品。これは何度読んでも何所を読んでも、何時も面白いし厭きない。

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2008年5月27日 (火)

こんな映画を観てきた 13    一番美しく

一番美しく(44年)黒澤明NHK BS2 5/8放映250pxichiban_utsukushiku_poster

戦意高揚、国策映画、献身的労働、等々、余計な時代的フィルターが重なって若い頃から一番苦手な黒澤映画だった(DVDの黒澤全集は所有しているが、この作品だけは一度もプレイしていないぐらい)。今回放映がなかったら2度と観ることはなかったかも知れない。

そして、これは思いのほか楽しめた。

「辛いことも悲しいこともあるけれど皆で前向きに目標に向かって頑張りましょう」という題材は決してこの時代だけのものではない。スポ根(女子バレーとかね)、プロジェクト云々(企業努力とか)、どちらかというと日本人の大いに好む題材だ。最近はドラマでこそ描かれなくはなったが、ドキュメンタリー(特に民放テレビでのお涙ちょうだい系)では定番テーマだ。さすが黒澤、題材の選び方が巧い。しかもこの時代の若手女優が集団で登場、映画内容と同じように現実にも健気に頑張る姿が伝わるわけだから、時代的な背景もあるとはいえ純粋に娯楽映画として楽しむことが出来る。当時の観客もプロパガンダ的要素はあまり強く感じなかったのではないかと思うがどうなのだろう。

それに、黒澤監督はこの作品をすごく撮りたかったのではないかと思う。それは思想的な意味ではなく、軍部の後押しさえあれば金銭的にも時間的にも余裕のある映画製作が出来るという事だ。パンフォーカス撮影等効果的な照明技術の使用、役者たちに合宿までさせる徹底した役作りと入念なリハーサル、編集効果を最大に活かすためのワンシーンでの複数カットの撮影、「贅沢は敵だ」と言いつつ実は(映画的に)贅沢出来たことが後年の重厚で完成度の高い黒澤映画の基礎になったことは間違いない。

そう考えると、余裕のなかった前年のデビュー作『姿三四郎』での(苦肉の策ではあったが)実験性や冒険性がこの作品では希薄なのもうなづける。それは検閲があるからという事もあるが、自身の思う映画作りの王道的な基本を確認したかったのだろう。

それでもやはり、この「皆でガンバロー」的題材は個人的に苦手だ。

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2008年5月26日 (月)

サラリーマンNEO Season3 #8

脚本や演出も同じスタッフで主な出演者もレギュラー化したNEOのような世界に外部から新しく参入するのは難しい。特に役者は個性的なレギュラー陣の創り出すNEO空間の中では異物感を醸し出しやすく、俗に言う「浮いている」状態になってしまう。「押し」だけでなく「引き」も躊躇なく出来る若手俳優ならばとりあえず溶け込むところから始めて徐々に「自分」を出せるかもしれないが、アクの強さを出してナンボのベテランではそうはいかない。

異物感を丸ごとギャグとして確立させるか、妥協して中途半端なNEO作品に終わらせるか、過去何人かゲストが特別参加してきたが際立つ成功例というのは無い(あえて言えば最後までアクの強さを押し通した西田敏行が良かったが、あの芸風には食傷ぎみなので)。

そして今回の三谷幸喜だ。

これは予想外に面白かった。演出・脚本家という立場からか、自分に望まれることをコント全体のバランスを考えて演技していた。もっとも、一般的には役者としてのイメージが確立するほどの個性も印象もなく、「役者」三谷幸喜に対する新鮮さもあったのかもしれないが。

本人が役を楽しんでいる『重役会議』も悪くなかったが、彼の真骨頂は重い空気の中で苦悶する自我というか「読みたくもない空気の中でどうすれば良いのよ、俺」みたいな状況を描いた『吉成』にあると思う。生瀬勝久と堀内敬子 の作り出す場の空気の重さが非常にリアルで、地で経験豊富そうな三谷幸喜としては演出家としての血も騒いだのではないか。観ている俺も血が騒ぐ、いや血が凍りつくようなあれやこれやの体験記憶が蘇ったわ。

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2008年5月24日 (土)

こんな映画を観てきた 12     姿三四郎/續姿三四郎

姿三四郎(43年)黒澤明 NHK BS2 5/6放映Pdvd_019_2

国民文学と呼ばれるほど人気のあった富田常雄の原作をデビュー作に選べたことは黒澤にとって幸運なことであったと思う。ハリウッド映画のみならずドイツの表現主義等に強い刺激を受けていた当時の才気走った若い黒澤が、原作を知る観客たちの想像(個々の脳内での映像化)を超えるために、娯楽映画にあるまじき大胆な映像表現を駆使しようとも、中心に骨太な物語さえあれば大衆映画として成り立つということが証明できたからだ。

冒頭、表現主義そのものとも言える非常にコントラストの強い書割のような夜景(アメリカの夜ってやつですな)の中でほとんど手も触れずに襲撃者たちを夜の海に投げ入れる矢野正五郎の神技、この瞬間に作品に惹き込まれたであろう当時の観客たちの興奮はたやすく想像できる。まさに今まで見たことのない映像だったことだろう。そして観客は三四郎と共に唖然とし、この師に付いて行く方が得策だと思うのだ。まさにツカみは万全だ。

さらに、下駄ひとつの映像で年月経過の表現、実際の柔道ではありえない宙を飛ぶ投げ技、一瞬の間をおいて倒れる対戦相手、「吹けよ風、呼べよ嵐」の決闘場面等、まさにケレンミあふれる場面のテンコ盛り。

戦後、何度もテレビ・映画で映像化された『姿三四郎』や柔道ものはもちろん、アクションもの全般、さらに漫画表現にまで多大な影響を与える表現手段はすべてこの作品から始まったのだ。

若い時に観た時は門馬や村井(志村喬)そして桧垣(月形龍之介)等柔術側に感情移入してしまい、藤田進演じる姿三四郎のバカ正直さというか実は何も考えていないだろうという能天気さが我慢できなかったのだが、中年になって見直すと師匠や和尚の立場から観ることが出来て姿三四郎が可愛く見えてくるのは不思議だ。あの「笑顔」には逆らえん。

で、次はその「笑顔」が最強兵器になる続編へ・・・

續姿三四郎(45年)黒澤明 NHK BS2 5/7放映12df8863s  

金銭的にも時間的にも、そして政治的にも、前作以上に制限の多い状況下で制作された続編。でも限られた条件かだからこそきっちり仕事をする職人気質が表れていて単純に面白いことに今回再見して気がついた。

前作でキャラクターが確立していることもあり、それぞれの見せ場が楽しい(例えば大河内伝次郎演じる矢野正五郎が徳利相手に柔道の形を見せるところ)。しかし何と言っても桧垣兄弟を二役でこなし前作以上の怪演を見せる月形龍之介が最高だ。

ほとんど死に体(プライドは失う、女には振られる、兄弟たちは問題起こす、病気は悪化)で影まで薄そうな兄源之助、精力むんむん(雪山でも稽古着一つで平気だし)ちょっとイっちゃている弟鉄心。本人も楽しんでいるだろうとしか思えん演技は、ただ時代劇の大物俳優と思っていた僕の認識を新たにするインパクトがあった。

そしてそして、戦わずして勝つ最強の天然キャラクター姿三四郎

前作の大成功により国民的人気を得てしまったこともあり当時の国策映画に多数出演していた(させられていた?)藤田進、そんな彼に戦わずして「笑顔」と「寝顔」で勝利してしまう姿三四郎を演じさせるというのはある種の確信犯とも言えるかもしれない。放映時の解説でも触れていたが当時の人々の反応が知りたいと思う。

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2008年5月23日 (金)

キミ犯人じゃないよね? 第7話

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今回は全員、動く動く。やっぱり役者は動いてナンボ。役者たちも動けば動くほどアドレナリンが上がるようで、ナチュラル・ハイのアブナイ集団のようだ。これは演出の意図なのか、それとも放し飼い(アドリブ有り?)なのか、だいたいこのドラマはどこへ行こうとしているのか?たぶん深いテーマはない(断言)、そこが最高なのだけどね。

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2008年5月22日 (木)

神代の国にて 山上たつひこ

神代の国にて 山上たつひこ単行本未収録傑作選232063525_2

1970年終りに(作者の意に反して)中途半端に連載が終了した問題作『光る風』の後、山上たつひこは政治的・社会的作品を封印してきた、と勝手に決めつけていた。その後の約一年半の間は72年夏からの『喜劇新思想体系』連載開始で新たに突き抜けた漫画世界へ突入するための準備期間であり、ギャグ志向の強いSF風短編をいくつか書いていただけと思っていたのだ。

ところがどうだ。この傑作選に収録された作品を読むと、山上は『光る風』以上に具体的かつ過激な表現で自らの政治的・社会的漫画路線に落とし前をつけていたではないか。そしてこの路線は形を変え『喜劇新思想体系』の中で下世話で猥褻な描写の中に受け継がれていったのだ(実際この作品集の中に登場するエピソードやモチーフは『喜劇新思想体系』の中で再度登場する)。

とりあえず表題作の『神代の国にて』を読んでいただければ、当時の山上たつひこのスタンスと方向性が理解できると思う。しかし、”ここ”からギャグ漫画家への跳躍は本当に凄いな(今だからこそ一貫性もあり地続きだということがわかるのだけど)。

巻末に掲載された『山上たつひこ1972年─ペシミズムとの格闘を超えて』という中条省平氏の解説が素晴らしい。

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2008年5月21日 (水)

イーヨ/帰宅部@吉祥寺MANDALA-2 2008.5.19

■ イーヨ:vo、今堀恒雄:g、外山明:ds
■ 帰宅部ヤナピニヨンvo.g、マドモアゼル玲vo.p、シノブプレvo.b、外山明vo.ds)

イーヨのライヴを帰宅部がサポートという構成。

帰宅部E0029132_11506

妖し過ぎる女子高生コンビ「マドモアゼル玲とシノブブレ」に自称高校生ヤナビニヨン(柳原陽一郎)と年齢不詳外山明が加わった超強力新人バンド。二人の女性だけでも破壊力抜群なのにこれまた独自の世界を持つ柳原が参加したことで芸(?)の幅が広がり、外山の創り出すビートがアンサンブルに自由度を与え深みをもたらしていた。特にきわどい歌での男性声の参加は想像力(妄想?)を刺激して非常に効果的。「たま」以降ソロは初めて聴いた柳原の曲も声も予想以上に良かった。このグループというかユニットは大成功ではないか。筆おろしが活動休止中の現在、久しぶりに「追っかけ」てみたいと思ったバンドだ。ぜひ続けて欲しい。

イーヨNewalbum_2

イーヨ(eEYOもしくはeEYO idiot)はイーヨ語とも言われる理解不可能な歌詞を持つ外国の童謡のような自作の曲をジャズやロックの即興系ミュージシャン(参加メンバーは流動的だ)をバックに歌うというかなり個性的なパフォーマンスを披露する女性アーティストだ。基本的に彼女自身はインプロヴァイズはほとんどせずもっぱらバックがインプロヴァイズしまくるというスタイルなのだが、今回はギターとドラムというシンプルな構成という事もあっていつもよりも歌に寄り添ったバッキングで、インプロも垂れ流しではなく終始緊張感のある感性豊かなものだった。特に今堀恒雄のギターが良い、ノイズやエフェクトに頼ることなくギターの基本的テクニックのみであれだけ聴かせるのは本当に素晴らしい。

イーヨのホームページはこちらhttp://homepage2.nifty.com/dragonfruits/index.html#index-bottom

イーヨ+清水一登+津上研太+山本達久の動画

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2008年5月20日 (火)

種ともこ/柴草玲@7thFLOOR 2008.5.18

種ともこのピアノ弾き語りのライヴ・シリーズ「雪月花」に柴草玲がゲスト・サポートとして出演。もちろん柴草玲が目的でライヴに足を運んだのだが、種ともこにも興味はあった。

柴草玲819599f9_2

さて、(真面目な)種ともこファンがほとんどと思われる客層に向かって柴草玲はどんなパフォーマンスを披露するのか、普通なら表の「柴草玲」の楽曲メインで穏便に済ますのだろうけど、やはりこの人は一味違う。ここでも所どころで自虐的、露悪的な「マドモアゼル玲」を降臨させていた。その瞬間客席がざっと引くのが分かるのだが、その後(恐る恐るではあるが)また寄せてきて最後は満潮(?)みたいな・・・もちろん肌に合わない人もいるだろうが、その強烈な歌の世界が全員に強い印象を残すという意味で流石のステージだった。彼女の素晴らしいピアノ・プレイも堪能できて個人的には大満足。

種ともこInterview2_pic01_2

種ともこは80年代半ばのデビュー作「いっしょに、ね」や2nd「みんな愛のせいね」が大好きだった。矢野顕子に似たキュートな声質で自作の良く作り込まれたポップスを歌っていて、少し英国風味というかプログレ味があるのも個人的にツボだったのだ。90年代以降は僕は熱心な聴き手ではなくなってしまったが、彼女自身はずっと現役で活動していてちょっと気にはなっていた。ライヴを観たのは実は初めてだったのだが、声は昔とほとんど変わっていない。しかし残念ながらライヴを通して何か新しい世界観が伝わるといったパフォーマンスではなく、このシリーズがまだ2回目という事は久々のライブ活動なのかもしれないけど、良くも悪くも昔の名前で発表会というステージだった(一曲だけ歌った2ndアルバムからの『下駄箱の怪事件』が圧倒的に良すぎて他の曲の印象が霞んでしまった)。

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2008年5月18日 (日)

サラリーマンNEO Season3 #7

Cashell から吉幾三まで、毎回選曲のセンスが良い。特に今回は『TAXI』というコントでのまるで歌謡ドラマのような切なさとバカバカしさを活かす選曲が抜群だ。「雪国」や「津軽海峡冬景色」はもちろんだが、「ハイウェイ・スター」や「愛と青春の旅だち」のベタさ加減もある意味歌謡曲みたいなものだし、これらのBGMが各場面で雄弁に語るのだ、何と音楽のみで会話の内容は視聴者に丸投げの場面まであるぐらい語りに語るのだ、わはは。長いシーンを一気に見せる中山祐一朗と金子さやか達の呼吸の合わせ方も見事だった。

そんな金子さやかがパラパラを踊り、「厚姫」堀内敬子がアニメ声でしゃべり、原史奈がガングロで、奥田恵梨華が金髪の帰国子女という『がんばれ川上君』はもうお話よりもキャラを楽しむ次元へ突入。本当、何度も言うけど、NEOの女優達は皆魅力的。

『なめてるよな』での後輩の無礼さを完全に叱りつけれない先輩に何時かリベンジする時は来るのだろうか。でも限りなくグレーゾーンに見える事は見える。真相は藪の中とはいえ、あの外見は不利だな。というか、やっているな、あれは。

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2008年5月17日 (土)

こんな映画を観てきた 11         野良犬  

野良犬(49年)黒澤明 NHK BS2 5/5放映Straydog04

戦後の混沌とした社会を生きていた若者たちはこの作品(と『酔いどれ天使』)の黒澤監督に同時代意識的な共感を覚えたのだはないか。思想や信条だけでは対応しきれない厳しい現実とめまぐるしい価値観の変化、したたかに生き抜く術を持っていた年配者と違い、野良犬のように自分の嗅覚だけを頼りに時代と向かい合わなければならなかった若者たちにとっては村上も遊佐も有り得べき自分たちに姿だった。社会という「檻」からはみ出し「狂犬」のように生きざるを得ない状況に陥る可能性は日常に常に存在していたのだ。

遊佐の罪は決して許されるべきではないが、村上の隣で慟哭する彼に憐れみと共に共感のような気持を抱いたものも多かっただろう。

戦後大学生でありながら放蕩の限りを尽くしていた今村昌平が『野良犬』と「酔いどれ天使」に大きな衝撃を受け映画界へ入るきっかけになったそうだが、むべなるかな、である。

しかし、この映画はそんな時代的背景を知らなくても普遍的に素晴らしい。むしろ外国映画を観るように、描かれる風俗や風景自体が刺激的で興味深く面白いのだ。当時はリアリズムを出すために隠し撮りまで駆使して撮影された闇市の映像等が却ってこの作品の異空間、異文化的側面を強調することになるとは、現代劇独特のパラドックスだ。

それにしても、精神的にも肉体的にもうんざりするような「暑さ」の表現が凄いねぇ、踊り子たちのシーンなんて色っぽさの欠片もない、あるのは圧倒的な不快指数の高さ。演出家(?)役の千秋実のいかがわしさも印象的。短い出番だけど東野英治郎の「おやじ」演技はいつもいぶし銀の味。でも個人的に一番好きなのは千石規子の密売人の情婦役、、志村喬との取調べシーンは最高です。

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2008年5月16日 (金)

キミ犯人じゃないよね?

最初は『ちりとてちん』の後にコレかよっ?とあまり乗り気なく観ていたのだが、ここ2、3回から急激に面白くなってきた。役者たちがこなれてきたのか居直ってきたのか、良いテンポと弾けっぷりで楽しいじゃないか。貫地谷の人気の幅も広がりそうで良い傾向だ。ただ、コスプレ女優という安易な括りで紹介されることが多くならないかと懸念はするが。

そういえば去年の今頃は『セクシーボイスアンドロボ』を面白く観ていたのだが、あれは視聴率的にはイマイチで残念だった。この『キミ犯人じゃないよね?』はどうなんだろう。もっとも視聴率的成功を気にしていたらこんな作品は企画しないか。

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2008年5月15日 (木)

こんな映画を観てきた 10    椿三十郎  

用心棒』についてはhttp://waretadataruwosiru.txt-nifty.com/blog/2008/04/post_fd6d.html

椿三十郎(62年)黒澤明 NHK-BS2 05/03放映Tsubaki_s

受験浪人時代、川崎の映画館のオールナイト上映の「黒澤特集」で観たのが初体験。夜中の3時過ぎ、一番睡魔が襲ってくる時間帯だったが、あまりの面白さに眠気が吹っ飛んだ。まだ70年代の初め、60年代の若大将や怪獣映画、駅前シリーズ、社長シリーズなど東宝映画の記憶が生々しい時、その頃既に古典として認識していた(白黒だったし)黒澤映画に東宝娯楽映画の王道とも言える作品があることにも驚いた。メインの俳優は東宝映画でのイメージ通りの起用配役で笑いの要素もかなり強い。同時に観た『蜘蛛巣城』や『悪い奴ほどよく眠る』など徹底的に役者を物語のキャラクターに作りあげる演出とは違う。後年、加山雄三がこの時は黒澤監督を甘く見ていたとも発言している(のちに『赤ひげ』でえらい目にあうわけだが)。

映画作家としての完成度、衝撃度では『蜘蛛巣城』が圧倒的だったのだが、映画の面白さ・楽しさを追求した作品でも黒澤は超一流だった事を知り認識が新たになった。これは黒澤に限らず、後世巨匠といわれる映画監督たちは全員娯楽映画が出発点であり、古典を「お勉強」という姿勢だけで鑑賞するだけでは作品の本質を見誤ることになる。時代や大衆のニーズに的確に応えて良質の娯楽作品を提供する、このある種の職人気質が日本映画の黄金時代を支えてきたのだ。

限られた素材や環境(役者、シリーズ物、正月映画等)だからこそ最大限の効果をもたらす作品を作り出せる、そう『椿三十郎』では助監督時代から培われた黒澤の「職人」としての手腕が最大に発揮されたということだろう。

思えばこの頃まで黒澤は「作家性」と「職人性」のバランスが絶妙だった。両者の比重は作品ごとに違ってはいたが、偏り過ぎることはなかった。それが時代を超え地域を超えて世界中で愛され理由なのだ。

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2008年5月14日 (水)

こんな映画を観てきた 9      羅生門 

NHK‐BSの黒澤特集が一段落したので、放映済みの個々の作品について個人的な覚書のようなものを順次書いていく。

羅生門(50年)黒澤明 NHK-BS2 04/05放映Images 

真夏の森の中、影に入ってもむっとするような草いきれが立ち上ってきそうな映像表現。少ない登場人物でありながら濃厚な人間模様の描き方。そして観る者に判断を委ねる斬新な作劇。強い作家性に支えられたこの作品は当時の日本映画の枠を超えていたし、世界の映画常識をも超えていた。

『羅生門』以前に黒澤はいくつかの優れた作品により既に日本ではある程度の成功は得ていた。たまたま東宝争議の時に大映で撮れる事になり、当時としては実験的、より文学的な作品を撮ることが出来たのだろう。それは言ってみれば彼にとって会社の意思に関係なく自分の美学を追求した撮りたいものを撮るガス抜きのようなものだ、彼自身が一般的(大衆的)な評価はそれほど期待していなかったと思う。それはおのずと娯楽第一主義の当時の映画会社との軋轢を生む。さらに次の年(1951年)に公開した『白痴』で経験した編集をめぐっての松竹との衝突など、彼はほとほといや気がさしていたのではないか。もしもこの『羅生門』が海外で紹介されベネチアで賞を取っていなかったら、彼の監督人生はどうなっていただろう。『用心棒』や『椿三十郎』には辿り着いたかもしれないが『七人の侍』は撮れなかったかも、それ以前に自分の企画を通すことが難しくなっていったかもしれないし、金や時間をかけることが許される立場にはならなかったはずだ。そして作家性を強く出した作品はATG辺りでこじんまりと公開みたいな・・・

いや本当にベネチア映画祭でグランプリを取ってよかった(黒澤は出品を知らなかったらしいが)。

異常な状況下でのギラギラとした剥き出しの人間性が描かれる物語の最後に小さな「救い」の場面が置かれている。賛否両論あるが、個人的には上田吉二郎が演じた男の台詞一つ一つに納得してしまう自分がいて理想論だけでは括れない現実が描かれていると思うこともあり、黒澤があれを結論として置いたわけではないと考えている。赤ん坊の未来に「希望」を見出す人もいれば、上田演ずる男(これ以上ないはまり役)に現実味を感じる人もいる。どちらもありなのだ。

まぁ、天の邪鬼な見方をすれば、あの赤ん坊の未来は常に厳しい現実に晒され続けるわけで、杣売りが困窮すれば再び同じ・・・考えすぎだな。

『七人の侍』の菊千代もそうだが、三船はこの手の役をやらせると輝き方が違う。スクリーンの中で動いてこそ最大の魅力を発揮する天性の映画俳優だ。

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2008年5月13日 (火)

サラリーマンNEO Season3 #6

カレーとチャパティーとチャイ、インドの社食は良いなぁ、素直に食欲を刺激されるよ。社食シリーズは海外編の方が良いと思うな、日本企業はなんかこう自慢っぽい臭いが生々しくて・・・単なる僻み?

たまに変なところがツボにはまって笑いが止まらなくなるのだが、今回は『プライベート・アイズ』の手拍子でキタ。前回のマイケルもそうだったがタイミングが絶妙(微妙にずれている奴がいるのも良い)。

『厚姫』は二人の女優の演技がリアル。いかにもフリーライターらしい生活感を出していた中越典子(ほとんどすっぴん?)も良いが、「厚かましい姫」役の堀内敬子が巧い。これほど極端なわけではないが、誰もが実生活で経験してそうなネタをコントとして完成させるには現実感を感じさせる演技力が必要だ。まさにNEOでしかできない作品だと思う。これもシリーズ化するのかな、それにしても『厚姫』ってタイトルは・・・

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2008年5月12日 (月)

カーキ・キング@ブルーノート東京 2008.5.10

2004年のフジ・ロックで観て以来、気にはなっていたギタリスト。今回機会があってライヴを観ることになった(場所は何とブルーノート東京、正直彼女の音楽向きな場所とは思えなかったけど・・・)。

ちなみに初めて観た時はパーカッションのようにギターを弾くこの曲のインパクトが凄かった。

ところが実際のライブでは、繊細なタッチのインスト曲やヴォーカル曲、エフェクトによるループを使ったハウス・テクノに通ずるオルタナティヴな感触を持つ曲など、いかにもN.Y.出身と思わせる演奏を披露し、単なる女性ギタリストの枠には収まりきらない才能と魅力を感じさせた。

ヴォーカル曲がスザンヌ・ヴェガを思わせたが、彼女自身はビョークをフェイバリットに挙げているようだ、なるほど。

新作の日本版が5月21日に発売されるという事だ、これは買いだな。

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2008年5月10日 (土)

映画「ミスト」を観てきた

1280_1024_ab 原作は読んでいたので、あの世界をどう映像化するか(特にラスト近くのデカイ奴)という興味で初日2回目の上映を観に行った。

1回目の上映を観終わった観客が陰々鬱々とした表情で退出するのを見て嫌な予感がした。原作は明確な結末は提示されず読者の想像に委ねられたのだが、どうやら映画版では・・・

何を書いてもネタばれになりそうだ。もう少し公開が進んでから感想を書く。

これから観にいくつもりの人はなるべく一人で観に行った方が良いかもしれない。鑑賞後の会話が弾むことはないと思うぞ、特にデートには不向き。

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2008年5月 9日 (金)

楽しい音楽生活 6        FUNK祭り継続中     

IKZO祭り(幾三→IKUZO→IKZOと記号化が進んでいる)に寄り道したが、現在も絶賛一人FUNK祭り中。

Maggot Brain / Funkadelic 51mpqnc01kl__sl500_aa240_

祭りのきっかけは一ヶ月ほど前、知人が着ていたTシャツだった 。そのTシャツの胸にはこのファンキーなお姉ちゃんがプリントされていたのだ。80年代、P-FUNKにずっぽりハマっていた時の記憶が瞬時に蘇った。

パーラメント、ファンカデリック、ジョージ・クリントン、ブーツィー・コリンズ、バニー・ウォーレル・・・そしてエディ・ヘイぜル!70年代初頭から全盛期、さらに現在まで続くその活動は多方面にわたって絶大な影響を及ぼしている。関係アルバムの数も半端ではないし、歴史的名盤も数多い(ここでP-FUNKの歴史や影響を詳しく述べているとテキストが膨大な量になるので割愛)。とりあえず今回の祭りのきっかけとなったファンカデリックのこのサード・アルバムを簡単に紹介する。

エディを聴け!」以上。

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2008年5月 8日 (木)

原色日本行楽図鑑          山上たつひこ

32063522 旅に非日常の世界(新しい出会いとか自分探しとか・・・)を求めるのは難しい。気がつけば日常の延長上の自分が顔を出し、些細なことで感情が乱れ動揺する。嫌なことを忘れるために、リフレッシュするために、なんて期待していても、結局自分は己の日常から逃がれようがないことを思い知らされるのだ。わざわざ自己嫌悪を拗らせるために旅をするんじゃ割に合わない。やはり旅は「ハレ」の場であって欲しい。

では、どうすれば旅は楽しめるのか。

そこで『原色日本行楽図鑑』ですよ、皆さん。

第三者的視点で眺めると、登場人物(ここで登場する山上の友人たち、「身も蓋もない」守君や「不機嫌な」浅野君たちは山上自身でもあり読者自身でもあるのだ)の悲しいぐらい日常的な言動や行動が「旅先」というハレの舞台でエンターテインメントに化けるのだ。

第三者的視点とは人間観察や強い好奇心であったりするわけだが、単にシニカルな作家的視点ではなくコメディというか「笑い」の領域に転化(虚構的味付けも少々)させることが出来れば、より「旅」を楽しむことが出来るということだ。

この旅における「山上的視点」には随分と影響を受けた。同伴者がいる時だけでなく一人旅の時でさえ自分の内なる守君や浅野君たちが名所旧跡巡りだけに終わらせない旅の楽しさを与えてくれたのだ。

ところで収録作は一部違うのだが以前刊行されていた『原色日本行楽図鑑』の駅弁を模した装丁が好きだった。Nkz_4

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2008年5月 7日 (水)

サラリーマンNEO Season3 #5

今回は「セクスィー部長」のような大ネタはなく、小ネタを散りばめたシチュエーション・コメディ中心といったところか。

日常風景の中に生ずる微妙な空気やズレを味わう『家族百景』、これ好きだわ。 沢村一樹と 吉瀬美智子のコンビが秀逸。細かい言い回しや表情の変化等、短い時間だが楽しめる要素が多い。前シーズンに入江と中田が演じた「妻に隠れてパソコンでエロビデオを観る」という状況を描いた傑作があったのだが、ぜひこの二人にも『家族百景』以外に長めのコントを演じてほしい。あ、そういえば『セクシィー部長ビギニング』で既に共演していたか。あれも紛れなく傑作であった。

一方、日常に異分子を投げ込む『就活一直線』も面白い。 山西惇と 田口浩正の掛け合いも良いが、やはりここでも入江雅人の受けが最高だ。ある意味、前者二人よりもヘンだ。

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2008年5月 6日 (火)

ちりとてちん 総集編

パブロフの犬?

もうね、なんでもない場面でも泣けてくるのだ。A_1920 

あまり期待はしていなかった。

半年間(151週)約38時間に及ぶ内容を3時間20分に集約するのだもの、無理があると思うのは普通だろう。しかも周到にたくさんの伏線が用意されているこの作品に無駄なシーンはほとんどない。何かのエピソードを取り上げれば、そこから派生する全ての展開を収録しなくてはならなくなってしまう。どうやっても、ファンには物足りなく、初見者には分かり難く、という中途半端な内容になってしまうと思っていた。

ところが、このドラマで最も重要であろう第一週のエピソードをしっかり描き、そこから直接リンクする部分以外バッサリ切り捨てるという潔い編集が功を奏した。「起承転結」の「起」と「結」さえしっかり押さえれば物語は大きな破綻はしない。第一週と最終週の演出家である伊勢田が編集を担当した意味が良く分かる。タイトルバックで暗示される「母と娘」の物語に焦点を絞った展開が却ってこの作品本来の主題を明確にしたようだ。それは主人公喜代美を中心とした出会いと成長の物語だ、これはつまり朝ドラの王道なのだ。その意味では初見の人には分かり易かっただろうし、思い出の名場面集的なものにならなくて良かったと思う。

がしかし、初見の人にはこの作品が他の朝ドラと一線を画する最大の魅力「個性的登場人物たちの織りなす群像劇的側面」はほとんど伝わらなかったかもしれないな。これで観た気になっていると人生一つ損をしているかも。

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2008年5月 5日 (月)

甲斐の国に彼岸を見た

JRで作ったパンフレットに載っていた山梨県お薦めウォーキング・コースに知人と二人で臨んでみた。008a

勝沼から旧甲州街道を山梨市へ抜けるというコースで、沿道にはブドウ園やワイナリーが多くあり名所旧跡も点在するということであったが、いかんせん天気が良すぎた。街道沿いに影になる場所はほとんどなく、容赦のない(紫外線をたっぷり含んだ)日差しを浴び続けているうちに脱水症状に近い症状が現れ始めた。出だしこそ快調であったが、気がつけばご先祖様の幻が・・・

ということで、昨日から今日にかけて全くの廃人状態。二日目以降の方がダメージが顕在化してくるようで、本当に嫌というほど年齢による衰えを意識させられる。

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2008年5月 2日 (金)

何処までも歩いて行くのだ

連休の前半、根津、谷中、入谷、上野等を中心にウォーキング。

根津のつつじ祭りは屋台も出てお祭り気分絶好調。聞けば一ヶ月間に渡るお祭りらしい。休日は観光客ばかり、ほとんど中年以上お迎え未満の高齢化社会。あ、俺もだ。028_3 037_3

根津の居酒屋の招き猫、今度この店で飲んでみたい。033nuko_2

将来、根津や谷中周辺に住みたいなぁ。

別の日だが知人と都営一日乗車券を利用して荒川・足立周辺を回った。乗り放題で700円はかなりお得だ。

年末年始のCMでおなじみの西新井大師は初めての参拝。地元に密着した風情のある良いお寺さんだ。ここでも花祭り開催中。003nisiarai

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2008年5月 1日 (木)

パワートリオとフランスの友人たち@入谷 なってるハウス 2008.5.1

Borders_powertrio_3パワートリオ:
松本健一(sax など)、かわいしのぶ(b など)、つのだ健A.K.A.ツノ犬(ds など)

フランスの友人たちゲスト:jerome fouquet (trumpet)、hugues vincent(cello)

久々のなってるハウス、久々のパワートリオ。

音楽は国境や言葉を超えるというけれど、楽器一つを名刺代わりに世界中を旅する即興演奏家たちの活動を見ると実感する。適度な緊張感を保ちつつ、混沌よりも共振を意識した演奏は十分一期一会の満足感を与えてくれた。

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