姿三四郎(43年)黒澤明 NHK BS2 5/6放映
国民文学と呼ばれるほど人気のあった富田常雄の原作をデビュー作に選べたことは黒澤にとって幸運なことであったと思う。ハリウッド映画のみならずドイツの表現主義等に強い刺激を受けていた当時の才気走った若い黒澤が、原作を知る観客たちの想像(個々の脳内での映像化)を超えるために、娯楽映画にあるまじき大胆な映像表現を駆使しようとも、中心に骨太な物語さえあれば大衆映画として成り立つということが証明できたからだ。
冒頭、表現主義そのものとも言える非常にコントラストの強い書割のような夜景(アメリカの夜ってやつですな)の中でほとんど手も触れずに襲撃者たちを夜の海に投げ入れる矢野正五郎の神技、この瞬間に作品に惹き込まれたであろう当時の観客たちの興奮はたやすく想像できる。まさに今まで見たことのない映像だったことだろう。そして観客は三四郎と共に唖然とし、この師に付いて行く方が得策だと思うのだ。まさにツカみは万全だ。
さらに、下駄ひとつの映像で年月経過の表現、実際の柔道ではありえない宙を飛ぶ投げ技、一瞬の間をおいて倒れる対戦相手、「吹けよ風、呼べよ嵐」の決闘場面等、まさにケレンミあふれる場面のテンコ盛り。
戦後、何度もテレビ・映画で映像化された『姿三四郎』や柔道ものはもちろん、アクションもの全般、さらに漫画表現にまで多大な影響を与える表現手段はすべてこの作品から始まったのだ。
若い時に観た時は門馬や村井(志村喬)そして桧垣(月形龍之介)等柔術側に感情移入してしまい、藤田進演じる姿三四郎のバカ正直さというか実は何も考えていないだろうという能天気さが我慢できなかったのだが、中年になって見直すと師匠や和尚の立場から観ることが出来て姿三四郎が可愛く見えてくるのは不思議だ。あの「笑顔」には逆らえん。
で、次はその「笑顔」が最強兵器になる続編へ・・・
續姿三四郎(45年)黒澤明 NHK BS2 5/7放映
金銭的にも時間的にも、そして政治的にも、前作以上に制限の多い状況下で制作された続編。でも限られた条件かだからこそきっちり仕事をする職人気質が表れていて単純に面白いことに今回再見して気がついた。
前作でキャラクターが確立していることもあり、それぞれの見せ場が楽しい(例えば大河内伝次郎演じる矢野正五郎が徳利相手に柔道の形を見せるところ)。しかし何と言っても桧垣兄弟を二役でこなし前作以上の怪演を見せる月形龍之介が最高だ。
ほとんど死に体(プライドは失う、女には振られる、兄弟たちは問題起こす、病気は悪化)で影まで薄そうな兄源之助、精力むんむん(雪山でも稽古着一つで平気だし)ちょっとイっちゃている弟鉄心。本人も楽しんでいるだろうとしか思えん演技は、ただ時代劇の大物俳優と思っていた僕の認識を新たにするインパクトがあった。
そしてそして、戦わずして勝つ最強の天然キャラクター姿三四郎!
前作の大成功により国民的人気を得てしまったこともあり当時の国策映画に多数出演していた(させられていた?)藤田進、そんな彼に戦わずして「笑顔」と「寝顔」で勝利してしまう姿三四郎を演じさせるというのはある種の確信犯とも言えるかもしれない。放映時の解説でも触れていたが当時の人々の反応が知りたいと思う。