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2008年4月

2008年4月29日 (火)

IKUZO祭り:スンクロ率441.93%

FUNK祭りで、JB動画を辿って行ったらIKUZO祭りに遭遇してしまった。「」はここにも居られた。まぁ、観てくれや。

IKUZOの活躍ぶりはこれだけじゃない。

ネット職人たちは素晴らしい仕事をするな、プログレ好きにはこたえられないクリムゾンとのマッシュアップ。

IKUZOマッシュアップはニコ動に日々新作がUPされている。玉石混交だが、「玉」のレベルの高さには驚くよ。それもこれも、このオリジナルのクオリティがあってこそ。

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2008年4月28日 (月)

サラリーマンNEO Season3 #4       ぴろぴろぴぃ~

もう、「NHKらしからぬ」という冠はとっくに取れている。

万人向きとは言わないが、思考停止の番組ばかりの民放よりずっとましだ。

役者たちの参加意識が良い方に弾けている。宝田さんも楽しんでいるよなぁ。

吉瀬美智子の参加が微妙にエロい方向性にシフトさせているのが大変良い(NHK、グッジョブ!)。

『東スポ』ならぬ『ネオスポ』、過剰なほどの造り込み、スタッフの無駄なこだわりが最高だ。幻の『戦国サラリーマン』は実現させる気があるのか?

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2008年4月27日 (日)

JB de FUNK祭り

最近、ひょんなことからファンク熱が再発して、P-FUNKやスライなど聴き直しているのだ。

それで、こういう映像を見ると・・・「」という言葉を使いたくなる。

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2008年4月26日 (土)

サラリーマンNEO Season3 #3

金曜深夜の再放送の録画視聴。

今更だが、タイトルバックのファミコン(orスーファミ)風動画が楽しい。誰もが思いつきそうだが、ここまでのクオリティはさすがNHK(とくに「DOOM」はツボった)。

今回はリアルタイムでないせいか、比較的冷静に鑑賞。生瀬と田口が芝居と会話のテンポで見せる『なめてるよな』が良かった。「タモリ」に関する会話が妙に納得させられる内容でおかしい。chapter1という事はこれも続くようだ。

セクスィー部長。同じ設定、同じ進行、違うのは地域とゲスト女優だけ、ということで、毎回のゲスト女優の艶技と沢村のエロ男爵ぶりを楽しむコーナーになってしまった。でも毎回笑えるのだけどね。ボインには意表を突かれた。

入江雅人の芝居は不思議な感触を何時も残す。特に自販機相手の芝居は彼の真骨頂(初期のNEOにも彼が自販機に絡み続けるコントがあった)。

宮崎美子は「オバサン」を通り越して「ババァ」の領域の演技が違和感なくなってきた。スゲェ・・・という事はオレもその領域に・・・

たしかに「文科系なもので・・・」は理屈っぽいとか軟弱とか、いいイメージはないかもね。

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2008年4月25日 (金)

DVD ザッパ・プレイズ・ザッパ

心とパラシュートは開いてこそ役に立つ51l8fvcwajl__sl500_aa240_by FZ

そりゃ、本家と比べれば創造力やらカリスマ性やら大いに劣るのは当たり前だ。親父が化け物すぎるのだ。

でもね、良いんですよ。酒を飲みながら観ていると、拍手したり、ウルッときたり、ニヤニヤしたり、本当楽しいのだ。

ナポレオン・マーフィー・ブロックが出ずっぱりでびっくり。まだまだ元気じゃないか。70年代バンドの楽曲、「ヴィレッジ・オブ・ザ・サン」から「エキドナズ・アーフ」への展開など、ナポレオンがいるだけで感慨深いものがあるね。

テリー・ボジオのラモーンズ風「1,2,3,4,!」には笑った。この人はいつまでたってもパンクだなぁ。

ヴァイはいつも通り、場をわきまえてあまり出しゃばらないのが大人だな。

バンドとしては今年1月のライヴの方がこなれていて、ドゥイージルのソロも多かったのだが、これはこれとして十分満足できる内容だった。基本的にまじめな男なのだ。

誰よりも視線が集中したのはシーラ・ゴンザレスだったことは内緒だ。

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2008年4月24日 (木)

こんな映画を観てきた 8       ベルヴィル・ランデブー

ベルヴィル・ランデブー シルヴァン・ショメ監督4.20 NHK BShi放映0052

3月末の放映時に放送事故があったため、今回再放送された作品だ。クライマックス・シーンでの放送事故もそうだが、冒頭シーンも見逃していたので大変ありがたい。

そして、そのタイトルバックから続く冒頭シーンがこの作品にとって非常に重要だったのだ。

本編の登場キャラである三つ子の女性歌手グループ「トリプレット」の全盛期を1920年代のパリのレヴューをモデルにして架空の街ベルヴィルを舞台に再現しているのだが、これが素晴らしい。当時の白黒アニメのタッチを使いあの時代の退廃と享楽の文化をシュールに描いているのだ。トリプレットが歌う一度聴いたら忘れられないスイング感あふれるテーマ曲、演奏者の中に2本指奏法のギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトがいるではないか(彼はも使っていたのか!?)。そして踊りだすのはジョセフィン・ベイカー、この動きは「映像の世紀」で見た覚えが・・・興奮したお猿さんに襲われちゃうし。続いて、何とフレッド・アステア登場!見事なステップ披露、と自慢のシューズに食べられちゃうというオチがシュールすぎる(死んでいるようにしか見えない上半身だけが引きずられて行くのがなんとも・・・)。たった数分の間の密度の濃い情報量と発想の飛躍ぶり、この作品が「只者ではない」ことを知らしめるのに十分なものだ。

しかし、カラー画面で本編が始めると雰囲気が一変する。

田園風景の中で慎ましく生活する祖母と孫の描写。両親を失った孫の為に苦心する祖母、やっと自転車に孫の目が輝いた、という辺りまでは絵は奇麗だけど普通の作品?という展開なのだ。

ところが、年月がたち家の周りの開発が進み、孫シャンピオンも青年になると再び世界がねじれ始める。

まず目が行くのが、決して「かわいい」方向にはデフォルメされないキャラクター造形だ。青年シャンピオンのこの顔と身体は何なんだ?彼に限らず、この後登場するキャラは個々の特徴を示す部分を極端に誇張、肥大化させた外見のものがほとんどになる。そのある種の現代美術を想起させるのような美意識はキャラクターのみならず他の部分でも徹底されている(私はいまだかってあれほど印象的な船のデザインを見たことがない)。

そしてストーリが予断を許さない面白さに満ちている。未見の人もいると思うので詳しくは書かないが、活劇としてのアニメの基本もおさえている。セリフは極端に少ないが画面自体が饒舌だし、、挿入される音楽や歌が優れていて飽きることはない。

最初は違和感があっても、作り手の美意識に波長が合い始めれば、麻薬的魅力を発し始める作品なのだ。

その素晴らしい美術と音楽の一部が楽しめる公式サイトhttp://www.klockworx.com/belleville/index.html

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2008年4月22日 (火)

こんな映画を観てきた7 「パンズ・ラビリンス」

パンズ・ラビリンス ギレルモ・デル・トロ5bfb86a1976438d01c8cc7e6d4cf428f_2監督

(前置きとして、昨年の公開時に掲載した記事を一部修正のうえ再録します)

〈何年か前、ホラー映画を何本かレンタルした。一通り観て返品したあと、妙に心にひっかる作品があった。不気味さと悲しさと残酷さ…とてもホラー映画の括りに入らない奇妙な後味。残念ながら監督の名までは注意していなかったし、タイトルもうろ覚え。しかし、その後もこの作品のイメージが突然心の深いところから浮上してくることが度々あって、自分の無意識レベルまで届いていたのかと驚いた。

昨年、劇場で「パンズ・ラビリンス」を鑑賞している時もこの作品が心に浮かんできた。同じだ、まるで姉妹のような作品だ。スペイン、ファシズム、子ども、閉鎖された環境、無残な死、そして残酷なファンタジー。ひょっとしてこの監督は・・・。

デル・トロの作品は「ミミック」「ブレイド2」「ヘルボーイ」と劇場で鑑賞する程度には好きだった。奇妙なクリチャーが登場するアクション映画が得意で、ハリウッド映画にしては多少作家性(ピーター・ジャクソンと似た)を持つ監督だな、程度の認識だった。だからヨーロッパやアメリカで質の高い作品に対して贈られる賞を受けている「パンズラビリンス」が彼の作品と知った時はちょっと違和感を感じた。

ギレルモという名がもう少し日本人に覚えやすい名前だったら、デル・トロがラテン系ではありがちな名字でなければ、もっと早く気が付けたかもしれない。

ギレルモ・デル・トロは私の心に深く印象を残した「デビルズ・バックボーン」の監督でもあったのだ。パンフレットでその事実を知った瞬間、すべてが腑に落ちた。

幻想と現実、生と死、破滅と再生、それらが混然となった作品世界は考えてみれば彼の作品に共通した要素だ。

独特の死生観を持つメキシコで生まれ、アメリカ製のコミックや映画で育ち、ゴシックホラーやファンタジー、日本のアニメや漫画も大好きという彼が、その作家性を全開にしてヨーロッパはスペインで作り上げた作品が「デビルズ・バックボーン」と今回の新作「パンズ・ラビリンス」なのだ。〉

ネットや雑誌でいろいろな感想、批評を読んだ。「少女の冒険ファンタジー」風なパブリシティーのせいで余計な先入観や期待を抱かせてしまったことが悪い方に作用し「」が「」よりも多いのでは懸念していたが、意外なほど好意的意見が見うけられた。

楽しいファンタジーの期待は裏切れたが、(リアルな暴力シーンやグロテスクなクリチャー等生理的感覚的に受け付けられない要素はあるにせよ)作劇や場面構成の巧妙さに惹き込まれ、加えて「投げっぱなし」のラストシーンに困惑し、なんとか自分なりに理解し納得するために努めている、そんな感想や批評が多かったようだ。

自分なりに理解し納得するために努める。それは、この作品の時代背景、民族的な宗教や家族に対する概念や死生観、深くは語られていない登場人物たち(特にヴィダル大尉)のバックグランド、「妖精」「試練」「王国」など伝説や伝承に普遍的に登場する要素の意味など、それらを理解するために情報を集め知識として活かし、さらに納得するために想像力を巡らす、ということだ。そして、オフェリアに訪れた(現実世界では)悲劇的結末についても、自分なりに「答え」を見出すことが出来るのだ。しかし、その「答え」は絶対なものではない。一人一人が違うのはもちろん、自分の中でさえ時間とともに変化する可能性があるものなのだ。

それで良いのだ。解釈の多様性がこの映画の魅力であり、そこに至る過程こそがこの作品を最大に楽しむことなのだ。いわばこの二次的な楽しみ方が何度もこの作品を観たいと思わせる要因になり、忘れ難くさせているのだ。

以下、自分なりに思うこと(ネタばれあり)

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2008年4月21日 (月)

やれうれしや

モロ志賀氏(仮名)から戴いたザッパTシャツ。001b_2  

今度お礼します!

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2008年4月20日 (日)

しまった!

サラリーマンNEOが録画されていない!

毎週録画に設定していたはずなのに、どうやら勘違いだったようだ(金曜深夜の再放送があって本当に良かった)。

という事で感想は土曜日以降になります。

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2008年4月19日 (土)

こんな映画を観てきた 6 用心棒

用心棒(61年)黒澤明20070527_357016_3 4.19 NHK BS2放映

冒頭、タイトルが出て印象的な音楽と共に三十郎が後ろ姿で登場するシーンから既に映画の世界に惹き込まれている自分。何度も観ているし録画もするから最初の方だけと思っていたのに、気がつけば最後までしっかり観てしまっている。しかも、相変わらず面白い!

好きなシーン、セリフが沢山ある。

中でも、三十朗が「腕は今見せる」とデモンストレーションで無宿者三人を切り捨てる場面。「全く可愛らしいツラしてるな、おまえたちは」「斬られりゃ痛いぞ」等のナイスなセリフと無宿者の造形が最高だ(ジェリー藤尾のリアル・チンピラぶりもイイ!)。そして、日本だけでなく世界中の観客がシビれた三十郎(=三船敏郎)のキメのセリフのハードボイルドなカッコよさ!

おやじ、棺桶二つ・・・いや、たぶん三つだ

他にも、「雇った方が用心しなくちゃならない用心棒」、「刺身にしてやる」、「あばよ」・・・忘れ難いセリフがいっぱいだ。またベテランから(当時の)若手まで演技の質が高いのはあたりまえだが、加東大介の怪演ぶりには毎度笑わせてもらえる。ああ、語り出したらキリがない。

公開当時は、(冷戦時代でもあり)変に社会的状況に結びつけて批評する向きもあったようだが、少し遅れてこの作品を知った私たちは純粋に娯楽映画の傑作として楽しむことが出来た。「椿三十郎」もそうだが、これほど楽しく面白さだけを語り合える映画はなかなかないと思う。

しかし、あらためて観ると、解決しているようで解決していない(むしろ悪くなった?)とんでもない終わり方だ。ゴーストタウンになっちゃているし・・

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2008年4月18日 (金)

一軒家 山上たつひこ 

一軒家 山上たつひこ単行本未収録傑作選1 803068_4

60年代後半、18歳から21歳までの短編が収められている最初期作品集だ。

当時、高校卒業後「劇画」専門の出版社で編集者として働いていた山上がページの穴埋めなど必要に迫られて短い時間で書き上げたモノがほとんどだと思うが、劇画独特の泥臭さを残しつつ次第に洗練された描き方へ変化していく過程が興味深い。

「劇画」専門誌として求められる作品を作り出すだけではなく、時代のニーズにも応え得る作家性。編集者としての彼の嗅覚が、同世代の漫画家たちの新しい流れに敏感に反応したという事もあるだろうが、基本的に彼の画力と物語作りの才能が非凡であったということだろう。

収められている作品のほとんどはアイデア一発物のSF風短編だが、既に『鬼面帝国』や『光る風』等に連なる山上作品の萌芽が見うけられる。というか、最初から「絵」としては完成しているのが凄い。若干の試行錯誤を経て、69年の『合作』あたりであの山上のタッチになっているのだが、他の作品でも、そのペン使いの達者ぶりには感心する。スクリーントーンもなく全部手書きで効果線から背景まで描く時代、特に『一軒家』での描き込みは圧巻だ。まだ、18,19歳でこれだもんな、そういえば、「背景を描くのは好き、楽しい」とどこかで発言していた記憶があるが・・・

そうそう、「にぎり寿司三億年」収録の『愛と涙の宇宙船』(73年作品)がこの傑作選に収録された『漂流』(67年作品)のセルフパロディだったことは今回初めて知った。

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2008年4月17日 (木)

30000アクセス突破!         ありがとうございます。

謝謝!044panda

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2008年4月15日 (火)

マドモアゼル玲とシノブプレ@荻窪 ルースターノースサイド 2008.4.15

マドモアゼル玲とシノブプレ
柴草玲(p.vo.他)、かわいしのぶ(b.vo.他)

圧倒された。

なんかもうね、上品が下品に勝るのか下品が上品に勝るのか、女子高生と大人の女が出たり入ったり、虚と実の入れ子状態、そのアンビバレントな妖しい魅力がステージ上に全開だった。

しかも、そのパフォーマンスは決して熱くならない。クールに抑制されていて、むしろスタイリッシュ。二人の会話(MC?)は時折投げっぱなしでシュールなコントのようだ。そして、音楽的なセンスと技術の高さに裏付けられた一曲一曲のシンプルだが効果的なアンサンブルと(なによりも)言葉がはっきりと伝わる「」。

最初は、どう反応して良いのかと客席に不思議な空気感を醸し出していた「唄」が、次第に観客の心を掴み、次は何が飛び出すのかと期待感まで持たせはじめたところで、出るのだ、あの唄「さげまんのタンゴ」が。

驚愕。

柴草玲がもともと持っていた「」の才能が、かわいしのぶという最強のパートナーと組むことでパワーアップ、さらに加速して走り始めた。しかし、表裏は一体、本来のソロ活動自体もさらに充実したものになりそうな予感がする。

次回は二人にさらにメンバーを合体

5/19(月) 吉祥寺MANDALA-2
出演 ■ トランシェント・イーヨ(イーヨ:vo、今堀恒雄:g、外山明:ds)
    ■ 帰宅部(ヤナピニヨン:vo.g、マドモアゼル玲:vo.p、シノブプレ:vo.b、外山vo.ds)
開場18:30 開演19:30  前売り\2.500- 当日\2.800-(共に1drink別)
■ 前売り店頭発売4/19~
問) マンダラMANDALA-2 tel 0422-42-1579

興味のある人はぜひ観てみよう、聴いてみよう。これは体験して初めてわかる「昇天」です。

以前に書いた柴草玲についての記事http://waretadataruwosiru.txt-nifty.com/blog/2008/01/4_0e89.html

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2008年4月14日 (月)

サラリーマンNEO Season3 #2

前回は初回という事もあってか比較的テンションの高い内容のコントが多かったが、今回はいつも通りの適度なユルさとベタさ加減のあるサラリーマンNEOに戻った。

初見のインパクトはいまいちでも、後からじわじわくる。2度目を観ると、演出なのかアドリブなのか、役者たちの表情の変化とか画面の隅の小芝居とか細かい部分に気が付き始めて、さらに味わい楽しむことが出来る。

「重役会議」で、どんどん精神年齢が下がっていく重役たちの言動に笑った。お前ら中学生かよっ!?

報われない愛を求める川上くんシリーズは同じ沢村一樹演じるセクスィー部長との対比が強調されるシーズンになりそうだ(奇跡の競演シーンがあったりして)。

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2008年4月13日 (日)

ストーンズ

ローリング・ストーンズの最新ライヴを収録した映画が完成した。サントラ盤が最近リリースされたが、映画本体は12月日本公開ということだ。

ていうか、遅すぎじゃないか?

そんなあなたに良い動画。

かっこ良すぎ。

で、もうひとつ。これは、ちょっと危ない方の“ストーン”です。

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中央線ジャズ決定盤101 監修 明田川荘之

Cover002ジャズとは何か?

数年後にセカンドライフを迎える団塊の世代に向けてということもあってかジャズ入門と称する単行本・ムックの類が数多く刊行されている昨今、ブルーノートやスイートベイジルで聴かれるような(いわゆる)「大人のジャズ」だけが語られ求められる現状にご不満をお持ちの諸兄もおられるだろう。

そんなあなたに「中央線ジャズ」だ。

ジャズは今でも現場で生まれ続け変化し続けている。その一瞬の刹那を共有する喜びこそがジャズの最大の魅力であるはずであり、それが体験可能なライヴハウスが実は東京には数多くあるのだ。特に中央線沿線にはミュージシャンや若者が多く集まる街が多かったこともあり数々のライヴハウスや人々を中心に新しいエネルギーが渦を巻いていた。しかし、いくらライヴ体験が重要といっても、そこで生まれた音楽は、流れ出た瞬間には消えてしまう。一期一会の喜びと記憶にはなっても、第三者が共有できる記録にはならないのだ。

中央線ジャズの素晴らしいところは、その時々の成果をレコードやCDで記録に残そうという人々の地道な活動が伴にあったことだと思う。シーンはミュージシャンだけの力では生まれない。そしてこの「中央線ジャズ決定盤101」はミュージシャンや人々の努力の成果を現時点で集大成した資料的にもガイド的にも優れた内容を持つ本だ。

中には興味を持っても入手が難しいアイテムもあるかもしれない。だが、ほとんどのミュージシャンは現役でも活動中だ。ぜひ、ライヴハウスに足を運んでほしい。

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2008年4月12日 (土)

しぶやさんといっしょ・どんぐりコロコロ篇@西荻アケタの店2008.4.12

0412_shibuya_2 渋谷毅(p,vo)かわいしのぶ(b,vo)藤ノ木みか(per,vo)外山明(ds,vo) [ゲスト]上村勝正(b)平田王子(vo,g)小川美潮(vo)古澤良治郎(ds,vo)

日本ジャズ界の大ベテラン渋谷毅、実は「みんなのうた」をはじめNHKの子供番組などにたくさんの曲を提供している作曲家でもあるのだ。どの曲もシンプルだが印象に残るメロディーを持ち、タイトルを忘れていても聴けば記憶が甦る名曲も多い。とはいっても、本来のジャズ・ミュージシャンとしての渋谷毅とは別のもので、人前で披露されることはあるはずのないものだ。

ところ渋谷毅にはありだったのだ。

以下、渋谷毅氏のブログからこのライヴの説明部分を引用させていただく

これは要するに「おかあさんといっしょ」や「テレビ絵本」などのために書いた曲と、由紀さおり、安田祥子姉妹のために書いた曲などを、かわいしのぶさん(b、vo)、藤ノ木みかさん(perc、vo)に歌ってもらう、という内容で、そこでどさくさに紛れて自分も歌ってしまおう、という大それた考えもあって、見方によればそっちの方が大事ということもある。
そうなれば、外山さんも歌うというだろうし、他にゲストも何人か登場して歌うということになる

しかも「しぶやさんといっしょ」(かわいしのぶ命名)というライヴが行われる場所は普段比較的先鋭的なジャズを聴かせるライヴハウスだ。一見場違いなイベントに思われるが、このゆる~いセッション風に展開される楽しい内容と観客の反応はやはりジャズとしか言えない雰囲気なのだ(そうじゃなければ、話声と歌声がほとんど同じという渋谷毅の「味わいのある」ヴォーカルやゲスト古澤良次郎の「自由な」ヴォーカルは楽しめません)。

それにしても、つくづく音楽は歌とリズムだな、と感じた。どちらも場を共有できる喜びがある。我々観客は直接参加するわけではないが、心の中でメロディーを追って歌っていたし、身体のどこかでリズムをとっていた、パーカッションや鳴り物のタイミングに共鳴していた。終わってみれば、とても幸せな満足感のある後味の良いライヴだった。

0412_all_3 アケタの店がお客さんでいっぱいなのは初めて見た(ミュージシャンでいっぱいという事はあった)。

 

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2008年4月11日 (金)

いろいろ

amazonから「パンズ・ラビリンス」のDVDが届いた。当初はレンタルで済ますつもりだったが、やはり手元に置いておきたい欲求が勝った。昨年の自分ベストのナンバーワンだ。じっくり味わい尽くしてから感想アップする予定。

ちなみに邦画は、「松ヶ根乱射事件」と「天然コケッコー」、偏ってます。

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2008年4月10日 (木)

「中春こまわり君 斬その6」    山上たつひこ 

掲載誌がビッグコミックなのでか、『人間交差点』のような落とし方だった。

犬や猫が当たり前のように言葉をしゃべり飲食店を営む社会、私たちの日常に近いようでどこかタガが外れている、そんな世界をもう少し見せてほしかった。ただでさえ非日常なこまわりの周辺世界がさらに加速をつけて異次元へ突入していくところを見たかった。

しかし物語は私たちの良く知っている日常への帰還で終わってしまった。

山上にとっては、前回までの集中連載で『こまわり』を再び描かせられる事についての落とし前は付いていたのかもしれない。今回は山上が「今描きたいもの」を優先させたのだろう。それは山田こまわりが主役でなくても成り立つものだ。

山上たつひこの本格的な再活動の可能性はまだあるとは思うが、もう二度と『こまわり』は描かないかもしれない。新しい世界が作り出せなければ表現者としての活動は無意味なものになる。その新しい物語に大いに期待はするが、やはりどこか寂しい、残念な気持ちがある。

と、今見たらページ横に特製単行本『中春こまわり君第1集、6月末発売予定の記事が!第1集って、まだ続くんかい!ま、いずれにしても『がきデカ』としてのこまわり君はもう描かないことは間違いない。

最後に、寿司屋の大将ネコのタマ、江戸前「猫手返し」最高にゃ!

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2008年4月 8日 (火)

天気晴朗なれど日は高し     山上たつひこ

ギャグ漫画なのに欲情してしまいます」(by松尾スズキ)Ca8b31e29fa0519e0aee8110__aa240___2

第三巻は時代劇。

がきデカ』の原型になった『猿とび佐助』シリーズ、歴史的有名人を扱った『天気晴朗~』(宮本武蔵)と『沖田君』シリーズ(新撰組)、この辺りは『がきデカ』ブレイク 直前、作品を発表するごとに山上ワールドが完成していく才気溢れる時期で、リアルタイムで毎回驚愕したものだ。

猿とび佐助』の今なら絶対無理な女性アイドル忍法合戦や、『天気晴朗~』での牛のナイスな腰上げポーズなどなど味わい深い(?)コマが満載。中でも『沖田君』シリーズは一コマ一コマがいちいち面白い大傑作だ。池田屋二階への一番乗りを争っていた沖田と近藤が「それじゃ二人で仲よく行こう」と「とんとん」と階段を上がるコマや、脱走した山南を沖田が騙して連れ帰り「ただいまもどりました」と仲良くポーズをつけて近藤と土方のもとへ帰還するコマなど、本当に何度見ても飽きることがない。

そして、山上たつひこが凄いのはこの時期だけではない。『がきデカ』後、安定期に入ってからも暴走(特にエロ方面の)は続くのだ。

理不尽な(?)仇討もの『仇討ちミコちゃん』でも結構生々しいエロを描いているが、もっと露悪的にとことん描ききるために山上が用いた手段は主人公たちの極端はデフォルメ、二頭身化だった。「これは人間に似ているけどただのマンガのキャラですから」みたいな開き直りがエロのみならずグロまでもギャグ漫画上に炸裂させたのだった。

八百八町青空侍』で軽く手慣らしした後、NEWパンチザウルスに連載が開始された『鬼刃流転』は衝撃的だった。今回の収録にあたって無粋なモザイクがかけられているが、当時はもちろん無かった。それはもう丸出しである。登場人物に「貴重な本ですね」「本当だよなー」と言わせているぐらいフリーダムな状況であった。ま、モザイクがあればあるで楽しめるので、ぜひ一度、ご覧あれ。

同じような傾向で『鬼刃流転』ほど過激ではなく『仇討ちミコちゃん』に近いテイストの『金瓶梅』という忘れ難い傑作があるのだが、復刻されないかなぁ。

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2008年4月 7日 (月)

今度は日曜の楽しみになった

サラリーマンNEO Season3

20070410_00_2今年も始まった。

沢村一樹は『篤姫』と同じ曜日にあれはいいのか。

セクスィー部長やオープニングのニュース、体操など前シリーズから続くものと、若干の新しい要素の加減が丁度良く第一回目としては粒が揃った出来だった。

個人的には、最後の寿司屋のエピソードに痺れた。生瀬演じる寿司屋の大将の適度なリアルさが、後半登場の同伴アベック、特に女の理不尽な振る舞いを際立たせていた。役者が演じるからこそ成立するコントだ。奥田恵梨華の「チョーうめぇー」バカ女の爆発力も凄かった、最初誰だか分らなかったよ。それにしても職人気質の大将に向かって名セリフ連発!

って言うか、おじさん 、さっきからさ 、すっげえ素手で米触ってっけど 、手ぇ洗ってんの?

こりゃ、大将も怒りで震えるよな。

出演者の顔触れにも大きな変化はなく(今回登場しなかった役者も公式HPには紹介されている)、中でもメインの女性陣が活躍しているのが非常に嬉しい!皆、大変良い!全員、ストライク!(但し、「太か明太子」除く)

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2008年4月 6日 (日)

薬師寺展に行ったついでの、ひとり花見の何が悪い

花見の予定は2回あったのだが、行き違いがあったり相手が体調を崩したりとどちらも実現しなかった。これから行っても葉桜だよね。

結局、先日上野国立博物館の「薬師寺展」を観覧した帰りに上野公園から根津を経て小石川植物園へ回ったのが実質的に今年最後の花見になった。そう今年も楽しいひとり花見だ(うぅっ)。

平城遷都1300年記念 国宝 薬師寺展Index_img001_2 Index_img002 

目的は勿論日光・月光菩薩立像だ。

昨年の秋に奈良薬師寺でこの催しを知って以来楽しみにしていた。仏像をそれぞれの寺院で拝見することとは違って、純粋に造形美術品としての完成度を堪能できるからだ(お寺に足を運び仏像にお会いすることは単なる美術鑑賞とは違う、もっと精神的に深い意味合いがある、と思う)。

人出は多かったが基本的に陳列点数が少ないこともありじっくりと鑑賞することが出来た。

日光・月光菩薩は、ともに腰をひねった動きのあるお姿 で、(本来なら間に薬師如来を挟み)左右対称にお立ちになる形は不思議な安定感と宗教的宇宙の広がる空間を生み出す。

この柔らかく女性的な美しさを感じさせる立ち姿は、顔、腰、足にひねり等を加えて傾きの方向を三回変えて、腕、指先等に流れるようなラインを演出し、体全体をしなやかに見せる三曲法という技法を用いているとのことだ。

今回、後ろ姿が鑑賞可能ということの目的は、この技法による身体のラインを鑑賞することに他ならないのだ。

具体的な感想を言うと不謹慎なことを口走りかねないので自重するが、見られる事の無かったはずの背中から腰にかけてのラインの美しさが何を意味しているのか、当時の仏師たちが何を参考にしたのか、想像するといろいろなドラマが見えてくるようで興味深い。

そういえば、以前は仏像の展示前で合掌する年配の人を多く見かけたが、今はほとんどいない。宗教ブームってのは何なのかね。俺?もちろん(「やましい気持ち」を申し訳なく思ったこともあるが)合掌したよ。

塑像人物頭部Index_img009_2

塑像とは土を材料にした彫刻で、薬師寺の塑像は秦の始皇帝陵の兵馬俑のアレの小型版みたいなもの、今でいうフィギュアだな。

残念ながら、そのほとんどは(土が材料ということもあり)破損していて木で造られた芯の部分しか残っていないのだが、この頭部のリアルな出来から考えると、当時の文化交流や風俗が具体的に描かれていたはずで非常に残念なことだ。

モデルはシルクロードの民ペルシャ系の人物らしい。

そんなこんなで、薬師寺展のあと「」を堪能してきた・・・

上野の山は花盛り001s

010s クマさん、お昼寝S006  ライオンさん、今日は002s

小石川植物園はいいねぇS081 S110

忍ばず池に戻って、お終いS121

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2008年4月 5日 (土)

コミック新刊いろいろ 2

新刊とは言えないタイトルもあるが、覚えているモノから・・・

シグルイ 1051tm2ztiyjl__sl500_aa240__3  

もうこれは大変なことになっている。

捻じれる筋肉、軋む骨、飛び散る臓物、岩本虎眼亡きあと失速するかと思われた物語は新たな魔物牛鬼の活躍(?)で更に過激にパワーアップした。

そして死んだはずの牛鬼、牛股権左衛門が臓器の記憶筋肉の恨みだけで生き返ったとき、この作品は新たな伝説となった。

て、まだまだエスカレートしそうなところが・・・好きです。山口貴由先生、どこまででも逝っちゃってください。

デトロイト・メタル・シティ 551j9x2bwpncl__sl500_aa240_

まぁ、もともと絵は上手くないし、話の展開もマンネリで強引なところがあるし、コマ割りも不自然な流れを感じさせたりするけど、俺は好きだぜ!

何といっても、ネーム(セリフ)のバカバカしさが最高だ。今回もナイスなフレーズがテンコ盛り。

この夢なき企業のエコノミックメス豚が!!」とかも捨てがたいが、今回はラッパー鬼刃こと木林進君のエピソードでの数々のライムで笑わせてもらった。

一発出たらホームラン、オレの気分まじランラン

のだめカンタービレ 2051abekhsyql__sl500_aa240_

人間関係が納まるところに納まり始めて、普通のラヴコメになってきた。

あっという間に読める面白さは相変わらずなのだけど、何か物足りない。

音楽の表現なんて最初の頃より上手くなって、1ページ毎の書き込み具合や情報量も決して少なくはないのに、一回読むだけで満足してしまう。日本編はあれほど繰り返し読んだのに・・・作者には迷惑な贅沢な悩みだ、面白いだけで充分だな。時間をおいて読むと評価が変わる可能性もあるし。

もやしもん 641fn8tboz8l__sl500_aa240_

個性豊かな(悪意さえ感じる)男性陣の描き分けに比べると女性(もしくはそれに類する存在)が皆同じ顔。それが作者石川雅之の欠点であり良さでもあるのだが、外人まで同じ顔とは、もう降参だ。我々は彼女(一部、彼氏)たちを個性的なファッションもしくは衣装の色(白とか黒とか)で区別しつつ楽しませて頂くしかない。

で、面白かった!ワインの話はどんな本より分かり易かったぞ、将来役に立つかどうかは微妙だが。

しかし、絵が巧い(女性の描き分けは除く)。表紙の絵は毎回好きだ。「もやしもん」が終わったら、また「人斬り龍馬」のような硬派な話を描いてほしい。

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動画 中森明菜「不思議」パフォーマンス

まだ消されてなかったので、観れるうちにリンクしておく。

アーティスト・パワー炸裂時代の中森明菜のパフォーマンス(コメント無し、ヘッドフォン推奨)

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2008年4月 4日 (金)

関根史織@MARQUEE 3

某店でやっと見つけましたMARQUEE最新刊、今度こそ廃刊かと思った。出版社には申し訳ないが立ち読みで関根史織のページだけチェック。

今回彼女のチョイスは「バンコ」と「ロカンダ・デッレ・ファーテ」、どちらもイタリアのバンドだ。

417ft2v6twl__sl500_aa240_ バンコ(正式にはバンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)は良くも悪くも非常にイタリア臭いドメスティックなバンドで、それは特にヴォーカリストの巨漢髭面フランチェスコ・ディ・ジャコモのオペラチックな歌い回し(イタリア的こぶし?)とその街角でカンツォーネを歌ってそうな風貌のインパクトによるところが強いのだが、出てくるサウンドも濃い。PFMが洗練された中流階級的イメージ(バロック)ならバンコはもっと大衆的なイメージ(オペラ)かな、とは言ってもその演奏技術や音楽性はPFMに負けず劣らず高レベルのもので、その濃さに慣れるともうずるずると魅力に引き込まれてしまう。キーボード主体とはいえ結構ハードで攻撃的な側面や、いかにも70年代ロックという大仰さも好ましく思えてくるのだ。

さて関根嬢もお薦めの初期アルバム、やはりここは1st(通称“壺”)から順番に聴いて行った方が良い。私は2nd「ダーウィン」から聴き始めたが、正直「慣れる」まで時間がかかった。いやむしろ3rd(通称“扉”)の方が・・・どちらにしろ「ハズレ」はないはず(上の写真のアルバムは初期の曲を英語で録り直した世界デビュー盤。悪くはないがバンコの魅力はイタリア語で歌ってこそと思う)。

41j9bg5h7cl__sl500_aa240_ ロカンダ・デッレ・ファーテは既にプログレ全盛期を過ぎた77年に発売された1stが紹介されていた。70年代初期のバンドが自分たちのやりたいことをやりたいように表現していたら結果としてプログレに分類される音楽になっていたことに比べると、もう明らかにプログレというスタイルありきで結成され制作されたアルバムだ。日本での発売は80年代に入ってからだったと記憶しているが、イタリアらしさを残しながら洗練された演奏と録音でプログレのお約束的展開が楽しめて個人的には結構好きだ。

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2008年4月 3日 (木)

こんな映画を観てきた 5

今WOWOWがキャンペーン中で月500円で5月まで受信できるのだ。これはいいねぇ。以前はラインナップがイマイチかと思っていたのだが、興味はあったが見逃した映画や劇場で観たけど出来れば手元に置きたかった映画など、かなりの頻度でそういった作品が放映されている。これは6月以降の本契約も悩むところだ。

そんなWOWOWでやっと会えた一本、「鴛鴦歌合戦」Photo_main_2  

ちょん髷をつけた映画スター達が能天気に歌って踊る。驚愕のオペレッタ時代劇!

太平洋戦争前、昭和14年(1939年)の作品だ。もともと、当時のお正月映画として大作を用意していたのだが、主役片岡千恵蔵の病気によって時間が取れず、急遽穴埋めとして作られた小品だった。言ってみれば名匠マキノ監督による「やっつけ仕事」というわけだ。ところが皮肉なもので、同キャスト同スタッフで続けて撮影された本来の正月映画『弥次喜多名君上がり』は日本映画史の記録の中だけに留められたのみなのに対して、この『鴛鴦歌合戦』は80年代に爆発的に再評価され一種のカルト的な人気を得るようになった。そして観客の記憶に鮮烈に残る作品になったのだ。

もっとも当時のマガジンハウス的な評価のされ方「こういう作品を楽しがるのもファッションの一部」というスノッブな姿勢に嫌悪感を感じていた天の邪鬼な私は興味があるにもかかわらず劇場に足を運ぼうとはしなかった。

当時の私はバカ者であった、20年前に劇場で観ておけば、皆とリアルタイムで楽しさを共有できてであろうに!

大正デモクラシーを背景とした大正から昭和にかけてのモダンで自由な大衆文化の実際というのは、小説や詩などの文学的成果、作品が形として残る芸術活動、レコードにより豊富な記録が残る音楽等で今でも窺い知ることの出来るのだが、一番ダイレクトに当時の雰囲気を伝えるはずの映画に出会える機会が少ない。消耗品同然の扱いを受けていたフィルムの保存管理のお粗末さや、戦中から戦後の軍部や米軍による厳しい検閲などより散逸している作品も多いのだろうが、劇場やテレビなどで身近に接することが出来る環境がないのだ。特に芸術的歴史的に評価された映画以外の大衆作品、大衆の好みや嗜好性、世相を直接反映した映画を観られる事はまったくなかった。

当時の観客が、何に笑い、喜び、面白がったのか?どんな女性を可愛いく思い、どんな男性が好きだったのか?どんな歌を、どんな曲を、どんな振り付けを新しいものモダンなものと思ったのか?

その答えの一部がこの作品には含まれている。そしてその答え、当時の人々の感性が今の我々とほとんど変わらないことに驚き共感するのだ。

戦後育ちの我々にはあまり馴染みのないストーリ全編に歌が入るシネマ・オペレッタ、しかも舞台は江戸時代、曲はスウィング感あふれるジャズ歌謡、それだけでも目眩がするほどだが、登場人物たちが男も女もこれまた魅力的なのだ。時代劇なのに様式的なものはほとんどなく、厚い白塗りの男優も女優も登場しない(千恵蔵はしょうがないね)、むしろセリフは現代的で人物の造形もリアルだ(戦後の東映時代劇の方がよっぽど古臭く感じる)。

冒頭、町屋の娘お富と奉公人の三吉がお富に言い寄る男性たちを引き連れて歌いながら登場するのだが、このお富ちゃん、歌が上手くて表情豊かで美人さん、思わずこっちも一目ぼれ。これだけでぐっと引き込まれるのだが、この後登場する殿さま御一行の破壊力が凄いぞ「僕は若い殿さま、家来どもよろこべ~」、ディック・ミネのバカ殿ぶりはもちろん家来たち一人一人の「いい顔」ぶりも楽しい。Oshidori_01

この作品の実質的主人公といえる志村喬演じる志村狂斎と市川春代演じるお春(ネーミングが安易なのはいかにも急ごしらえ)。この二人が息の合った父娘役で非常にいいのだ。

もともとコミカルな演技が得意だったという志村喬、歌も上手い。この作品で数多く歌われる曲の中で最も中毒性の高い「さーてさてさてこの茶碗~」は志村ヴァージョンが一番好きだ。

そして、キュートで「萌え」なお春ちゃん。セリフの語尾が可愛く上がるんだな、これが。「ちぇーっ」とか「おばかさんねぇ」って言ってもらいたいぞ。Oshidori_02

片岡千恵蔵はたぶんいつもの千恵蔵とあまり変わらないのかもしれないけど、きちんとこの作品に納まっているところが流石。撮影時間もあまり取れなっかたそうだし、ここはやはりマキノ監督の巧さをほめるべきか。

ああ、長くなる長くなる、まとめまとめ。

この作品に関わった人たちは、観客が笑って楽しんでくれる確信をもって作ったはずだ。また観客側にもこれを受け入れて楽しむ下地が十分あったということだ。「戦前」という言葉の暗いイメージのせいで戦後世代と断ち切られている印象がある時代だが、実は地続き、きっともっと身近な感性を持った人々が生きてきた時代なのだ。

作品が作られて数年後暗く辛い時を迎えた事実はやはり重い。そして関係者全員が既に鬼籍に入られてる現実は少し悲しい。Oshidori_03_2

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2008年4月 1日 (火)

山上たつひこ 「中春こまわり君 斬その5」 

ギャグ漫画にあるまじき生臭い人間関係が描かれ、こまわりの地獄巡りの様相を呈してきた(閻魔大王も出てきたし)。

山上たつひこは「オールドボーイ」観ているのかな、パク・チャヌク監督の作風は好きそうな気がするのだが。そういえば、山上の描く原アジア人というかアクの強い表情を持ったキャラって韓国映画に出てきそうな顔が多い。ポン・ジュノ監督なんか山上作品そのものとも言える部分もあるし・・・

しかし、この作品はどこへ行こうとしているのか?このまま落とし所さえ失敗しなければ、山上たつひこ完全復活を告げる秀作になる可能性もある。次回いよいよ完結!!

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