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2008年4月 3日 (木)

こんな映画を観てきた 5

今WOWOWがキャンペーン中で月500円で5月まで受信できるのだ。これはいいねぇ。以前はラインナップがイマイチかと思っていたのだが、興味はあったが見逃した映画や劇場で観たけど出来れば手元に置きたかった映画など、かなりの頻度でそういった作品が放映されている。これは6月以降の本契約も悩むところだ。

そんなWOWOWでやっと会えた一本、「鴛鴦歌合戦」Photo_main_2  

ちょん髷をつけた映画スター達が能天気に歌って踊る。驚愕のオペレッタ時代劇!

太平洋戦争前、昭和14年(1939年)の作品だ。もともと、当時のお正月映画として大作を用意していたのだが、主役片岡千恵蔵の病気によって時間が取れず、急遽穴埋めとして作られた小品だった。言ってみれば名匠マキノ監督による「やっつけ仕事」というわけだ。ところが皮肉なもので、同キャスト同スタッフで続けて撮影された本来の正月映画『弥次喜多名君上がり』は日本映画史の記録の中だけに留められたのみなのに対して、この『鴛鴦歌合戦』は80年代に爆発的に再評価され一種のカルト的な人気を得るようになった。そして観客の記憶に鮮烈に残る作品になったのだ。

もっとも当時のマガジンハウス的な評価のされ方「こういう作品を楽しがるのもファッションの一部」というスノッブな姿勢に嫌悪感を感じていた天の邪鬼な私は興味があるにもかかわらず劇場に足を運ぼうとはしなかった。

当時の私はバカ者であった、20年前に劇場で観ておけば、皆とリアルタイムで楽しさを共有できてであろうに!

大正デモクラシーを背景とした大正から昭和にかけてのモダンで自由な大衆文化の実際というのは、小説や詩などの文学的成果、作品が形として残る芸術活動、レコードにより豊富な記録が残る音楽等で今でも窺い知ることの出来るのだが、一番ダイレクトに当時の雰囲気を伝えるはずの映画に出会える機会が少ない。消耗品同然の扱いを受けていたフィルムの保存管理のお粗末さや、戦中から戦後の軍部や米軍による厳しい検閲などより散逸している作品も多いのだろうが、劇場やテレビなどで身近に接することが出来る環境がないのだ。特に芸術的歴史的に評価された映画以外の大衆作品、大衆の好みや嗜好性、世相を直接反映した映画を観られる事はまったくなかった。

当時の観客が、何に笑い、喜び、面白がったのか?どんな女性を可愛いく思い、どんな男性が好きだったのか?どんな歌を、どんな曲を、どんな振り付けを新しいものモダンなものと思ったのか?

その答えの一部がこの作品には含まれている。そしてその答え、当時の人々の感性が今の我々とほとんど変わらないことに驚き共感するのだ。

戦後育ちの我々にはあまり馴染みのないストーリ全編に歌が入るシネマ・オペレッタ、しかも舞台は江戸時代、曲はスウィング感あふれるジャズ歌謡、それだけでも目眩がするほどだが、登場人物たちが男も女もこれまた魅力的なのだ。時代劇なのに様式的なものはほとんどなく、厚い白塗りの男優も女優も登場しない(千恵蔵はしょうがないね)、むしろセリフは現代的で人物の造形もリアルだ(戦後の東映時代劇の方がよっぽど古臭く感じる)。

冒頭、町屋の娘お富と奉公人の三吉がお富に言い寄る男性たちを引き連れて歌いながら登場するのだが、このお富ちゃん、歌が上手くて表情豊かで美人さん、思わずこっちも一目ぼれ。これだけでぐっと引き込まれるのだが、この後登場する殿さま御一行の破壊力が凄いぞ「僕は若い殿さま、家来どもよろこべ~」、ディック・ミネのバカ殿ぶりはもちろん家来たち一人一人の「いい顔」ぶりも楽しい。Oshidori_01

この作品の実質的主人公といえる志村喬演じる志村狂斎と市川春代演じるお春(ネーミングが安易なのはいかにも急ごしらえ)。この二人が息の合った父娘役で非常にいいのだ。

もともとコミカルな演技が得意だったという志村喬、歌も上手い。この作品で数多く歌われる曲の中で最も中毒性の高い「さーてさてさてこの茶碗~」は志村ヴァージョンが一番好きだ。

そして、キュートで「萌え」なお春ちゃん。セリフの語尾が可愛く上がるんだな、これが。「ちぇーっ」とか「おばかさんねぇ」って言ってもらいたいぞ。Oshidori_02

片岡千恵蔵はたぶんいつもの千恵蔵とあまり変わらないのかもしれないけど、きちんとこの作品に納まっているところが流石。撮影時間もあまり取れなっかたそうだし、ここはやはりマキノ監督の巧さをほめるべきか。

ああ、長くなる長くなる、まとめまとめ。

この作品に関わった人たちは、観客が笑って楽しんでくれる確信をもって作ったはずだ。また観客側にもこれを受け入れて楽しむ下地が十分あったということだ。「戦前」という言葉の暗いイメージのせいで戦後世代と断ち切られている印象がある時代だが、実は地続き、きっともっと身近な感性を持った人々が生きてきた時代なのだ。

作品が作られて数年後暗く辛い時を迎えた事実はやはり重い。そして関係者全員が既に鬼籍に入られてる現実は少し悲しい。Oshidori_03_2

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